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第2-1話 天狐さんは耳が弱い。

 今日の体育は短距離走。

 私のクラスメイト、天狐さんは今日も絶好調だ。


 よーい、スタート!


 体育教師の笛の音で一気に駆け出した天狐さん。

 隣を走っていた陸上部員を軽々と置き去りにして、余裕の一着ゴール。

 天狐さんの叩きだしたタイムは非公式とはいえ、現陸上部エースの先輩の記録よりも速かった。


 流石、妖狐の血を引く半妖さん。

 身体能力が人間の範疇に収まっていない。


「天狐さん!ぜひ陸上部に入って!天狐さんなら世界を狙えるよ!」


 走り終わった後、天狐さんは陸上部員たちに囲まれ、熱烈な勧誘を受ける。


「……私、部活に興味ないの。もういい?」


 でも、相変わらずの刺々しい態度で勧誘を一蹴。

 これでバスケ部、ハンドボール部、サッカー部に続いて、陸上部も撃沈だ。


「はあ……」


 ――あ、出た出た。あの溜め息。


 勧誘失敗に悲鳴を上げる陸上部員たちの後ろで、天狐さんは深い溜息をつくのを私は見逃さない。


 いつもより気怠そうな溜息。

 体育がある日は決まってこういう溜息をつくのは、すでに調査済みである。


 ――にしし、モフモフチャ~ンス……。


 ***


「天狐さ~ん!」


 放課後、私は頃合いを見計らって屋上へ。

 いつもよりちょっと早めに来たので、天狐さんはまだ狐姿になっていない。


「今日も来たの?本当にあなたって人は……はあ……」


 いつもなら私を睨みつけてくる天狐さんだけど、今日は私に対してまったくの無関心。

 そして、体育の時にも見せたあの大きな溜息をつく。


「お願いだから、今日は帰って。今日はあなたに構ってる暇はないの」

「何で?」

「……言うわけないでしょう」

「じゃあ、私が当てちゃうよ。天狐さんはね、今すごく疲れてる!違う?」

「……あなた、本当に何なの?ストーカー?」


 天狐さんから、これ以上にないくらいの軽蔑の眼差しが向けられる。

 私の頭の中で、天狐さんの脳内の私の好感度が急降下していく音が鳴る。


「……もう何でもいいわ。あなたの言う通り、今日は疲れているの。だから帰って」

「え?いいの?」

「何よ」

「じゃじゃ~ん!」


 私はカバンの中から一冊の雑誌を取り出す。

 その名も『初心者でも安心!マッサージ大全』。


「……マッサージ本?」

「そう!昨日買ったんだ。今日はここに載ってるマッサージで天狐さんを癒したいと思います!」

「何が癒したいよ。どうせ、その見返りにモフモフ(?)をさせろって言うんでしょう?」

「うん!!」

「本当にあなたって人は……」


 溜息をつきながら、呆れかえる天狐さん。


「マッサージなんて必要ないわ。帰って」

「まあまあ、そんなこと言わずにさ。きっと気持ちいいよ?」

「あなた、マッサージをするまで帰らないつもりね?まったく……」


 天狐さんはさらに溜息。

 でも、それが終わると、天狐さんは私に両手を突き出してくる。


「天狐さん?」

「……何をやってるのよ。マッサージしたいのでしょう?」

「ええっ!?いいの?」

「……やる気がないのなら、今のはなかったことにしようかしら?」

「やります!誠心誠意込めてマッサージさせていただきます!」


 天狐さんの気が変わらない内にマッサージを始めることに。


 まさか、こんなにあっさりとマッサージをさせてくれるとは思ってなかったけど、とりあえず計画は順調。

 あとは雑誌に書いてあった疲労回復のツボを重点的に押していけば……。


「あ、あれ……?」


 疲労回復のツボをいくら押しても、天狐さんはまったく狐化してくれない。

 狐耳すら出てこない。


 私のマッサージで天狐さんを骨抜きにして、狐化させる予定が完全に狂う。


「天狐さん。もしかして、気持ちよくない?」

「そんなことはないわよ。でも、特段気持ちいいって程ではないという感じかしらね」


 私を見ながらニヤリと口角を持ち上げる天狐さん。


「その様子だと、マッサージで人化の術を解きたかったみたいね。でも残念。素人のマッサージで術を解くほど、私は落ちぶれてはいないわ」

「むぐぐ……」


 どうやら私は天狐さんのことを見誤っていたらしい。


「しかない。今日のところは出直そうかな……」

「あら、もう終わりなの?残念ね。もっとやってもらいたかったのだけど」


 私のマッサージでは狐化しないと分かった途端、ここぞとばかりに挑発してくる。

 とても楽しそうで、ちょっとムカつく。

 でも、今の私では天狐さんを見返すほどのマッサージの腕はないのも事実。


 ――ん?天狐さんの髪に何かついて……。


 それは小さな糸くずだった。

 体操服の着替えの時についたのだろう。


「何?」

「天狐さん、髪に糸くずがついてるよ。取ってあげるね」


 そう言って、私は髪に絡まった糸くずをつまむ。

 すると、偶然にも私の指が天狐さんの耳の縁に触れた。


「きゃっ!?」


 甲高い悲鳴を上げた後、慌てて耳を押さえる天狐さん。

 指の隙間からチラリと覗かせる耳はついさっきまで真っ白だったのに、今は真っ赤になっている。


 ――あれ?これはもしかして……。


「天狐さんって、もしかして……」

「ち、違うわ!ただ突然のことで驚いただけよ!突然身体を触れられたら驚いてしまうことは誰でもよくあるでしょう?今のはそれよ。決して、耳が弱いなんてことはないわ。断じてないわ!」


 まだ何も聞いてないのに。

 しかも、めっちゃ早口だし、めっちゃ喋る。


 ――天狐さん、それは自分で弱点晒してるのと同じだよ……。


 でも、お陰で次にやるべきことが決まった。


「そう言えば……天狐さん、まだマッサージやってもらいたいんだよね?」


 天狐さんの肩がビクンと飛び跳ねる。


「い、言ってない!そんなこと言ってないわ!」

「恥ずかしがらなくていいんだよ。私に全部任せてくれたら、いっぱい気持ちよくさせてあげるからさ」

「い、嫌よ!絶対嫌!」

「逃がさーん!」


 屋上から逃げ出そうとする天狐さんを捕まえ、すぐさま耳マッサージを開始。


「い、やぁ……止めて……」


 天狐さんは頭を左右に振って抵抗しようとするけど、耳マッサージの気持ちよさのせいで全然抵抗できていない。


「ダメ、術が解けちゃう……」


 耳が煙に包まれて消失。

 頭の上から狐耳がピョコンと飛び出す。


 ――キタキタキターーーッ!


「さっき何て言ってたっけ?『素人のマッサージで術を解くほど私は落ちぶれてはいない』だっけ?」

「……くっ!!」


 完全に形勢逆転。

 天狐さんは睨みつけて、威嚇してくる。


「そんな顔してもさ、本当は気持ちいいんでしょ?ほら、ほらほら〜」

「き、気持ちよくなんて……ううう〜っ!?」


 耳を撫でてあげると、ピクピクと身体を震わせて、気持ちよさそうな声を漏らす天狐さん。


 でも、まだ完全に落ちていない。

 天狐さんは全身にギュッと力を込めて、マッサージの気持ちよさに抗っている。


「天狐さん、素直になっちゃえばいんだよ〜。もっといっぱい撫でて欲しいんでしょ?」

「ダメなのに……気持ちよくなってはダメ、なのにぃ……」


 ポフン。


 天狐さんはついに我慢できなくなって、全身を煙の中に隠す。


「よっしゃー!モフモフだ〜〜♡」


 狐姿に変身した天狐さん。

 お腹を見せて寝っ転がっている姿は完全にリラックスモード。


 ――天狐さんのお腹の毛、真っ白で綺麗!はあ~~~っ♡たまんないっ♡


 背中の赤毛とは打って変わって、お腹の毛は真っ白でフワフワ。

 まるで雲のようで、背中の毛よりもずっと柔らかそう。


「もう我慢できない!お腹よしよ~し」

「……っ!?」


 ――あれ?急に目付きが鋭く……?


「さ、触らないで!!!」

「ぐはっ!?」


 突然血相を変えて、怒鳴り声を上げる天狐さん。

 次の瞬間、バネのように跳ね上げられた天狐さんの後ろ足が私のお腹にクリーンヒット。


 ――痛ったぁ!?!?


 私はあまりの激痛にその場で転げ回って、悶絶する。


「本当、あなたって人は……最っ低!私たちにとって、あれは……あれはっ!」


 人間の姿に戻り、手でお腹を隠す天狐さん。

 顔を茹でダコのように真っ赤にしながら、涙に濡れた瞳でキッと私を睨みつけている。


 どうやら、私は特大の地雷を踏んでしまったらしい。


「天狐さん、あの――」

「喋らないで!見ないで!近付かないで!」

「天狐さん、待って!どうか話を聞いて!」

「話すことなんてないわ!もう二度とね!」


 天狐さんはきっぱりと断言すると、そのまま屋上から出ていく。

 そして、一人取り残される私。


「やっちゃった……どうしよう……」


 完全に嫌われた。

 もうモフモフなんてどこじゃない。

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