60. 最高の誕生日
――ピノに導かれるように辿り着いたのは、ラグリスの街の西門から出た森の中だった。
「ここって……あのメイプルグマの親子のお家があった辺り?」
呟きながら、周囲を見回す。
ここはまだ、今回の調査で来ていなかった。見た限り異常はなさそうだけれど……ピノが単独で行動し、私を案内しているってことは、何かあったのだろうか?
と、少し心配になっていると……視界の端で、何かが光った。
それは、私の左手――薬指に嵌めた竜華結晶の指輪が、紫色に輝いていた。
「なんで指輪が……? まさか……」
心配が、別の予感に変わる。
それを確信に変えるように、ピノが羽ばたき、
『その「まさか」よ。ほら、見て』
と、飛んで行った先に見えたのは……
森の中、木漏れ日を浴びて佇む、ウェイドの姿だった。
「ウェイド……? どうしてここに……?」
信じられない気持ちで駆け寄ると、彼も私に近付き……
――ぎゅっ……。
……と、強く抱き締められた。
「テスティア……会いたかった……っ」
逞しい両腕に閉じ込められるように抱かれ、耳元で囁かれる。
その切なげな声に、胸がきゅんと締め付けられ……
私もそっと、彼の背に腕を回した。
「ど、どうしたんですか? まだウーテア山にいるはずじゃ……」
「君に会いたかったから、仕事を早く終わらせてきた」
「えっ? だ、大丈夫だったんですか?」
「問題ない。『星詠みの儀』の手順を見直し、極限まで効率化させ、時短できるよう改善した。結果、<星詠みの眼>たちも集中力を保つことができるようになり、かえって正確な予見が可能性になった。早く帰れるし、一石二鳥だろう?」
こっ、この人は……時短重視のあまり、儀式の手順まで効率化させた?!
さすがと言うべきか、何と言うべきか……でも、今の彼なら、儀式のあり方を改めることも可能なのかもしれない。
あの一件で、ウェイドはディオニスの悪事を見抜いた功労者として国王様に表彰された。
元々『星詠みの儀』で誰よりも正確な予見をしていたこともあり、<星詠みの眼>の中での地位は揺るがぬものとなった。今では彼を"眼無し"と揶揄できる者は、もういない。
(そんなすごい立場の人なのに……妻を見るなり抱き付いてくるなんて)
と、私は思わず笑みを溢し、
「もう……結婚してしばらく経つのに、まだ『会いたい』と思ってくださるんですか?」
なんて、冗談半分に聞いてみる。
するとウェイドは、私の顔をじっと見つめて、
「当たり前だろう。片時も離れたくないと思うから結婚したんだ。君は……違うのか?」
と、縋るような目で尋ねてくるので……私はドキッとする。
想いが通じ合い、婚約して、結婚して……
そうして段階を踏む毎に、ウェイドの愛情表現は遠慮がなくなっていった。
「好きだ」「愛している」の言葉は当たり前。隙あらばハグやキスをし、夜も、その……なかなか寝かせてもらえない。
(くっ……第一印象とのギャップがこんなに激しい人、小説の中にだってそういないよ……!)
胸をきゅんきゅん高鳴らせながら、私は一度咳払いをし……
「……私も、会いたかったです。たった五日でも長く感じて…………すごく、寂しかったです」
……って、結婚してだいぶ経つのにまだ照れてしまうあたり、私もウェイドのことを言えないのだけれど。
なんて自嘲しながら、私は恥ずかしさを振り払うように手をパタパタさせ、
「いや、あの、仕事を早く切り上げて欲しいとか、そういう意味ではなくてですね? ウェイドの仕事は尊敬していますし、私にもすべきことがありますし、その……離れている間にウェイドを想う時間も、けっこう好きだったりするので……だから、無理に効率化を図ろうとしなくても……!」
……と、慌てて弁明する私の口を――
――ちゅ……っ。
……ウェイドの口が、優しく塞いだ。
不意を突かれ、固まる私。
もう何度も唇を重ねているのに……まだ胸がときめいてしまう。
ピノの視線が突き刺さるのを感じながら、恥ずかしさに震えていると……ウェイドは再び、私を抱き締めて、
「……俺も、同じ気持ちだ。だから……一緒にいられる時間に、めいっぱい愛情を注がせてくれ」
「っ……」
「……嫌、だったか?」
「…………嫌じゃない、です」
蚊の鳴くような声で答えると、彼は「ん」と満足したように私を離した。
肩でピノが『コイツ、どんどん本性をあらわしていくわね』と、呆れたように呟く。
私は苦笑いで答えるけれど……ウェイドのこんな甘々なところに、私は日々やられているのだった。
「それで……ピノは、ウェイドに会わせるためにここへ連れて来てくれたの?」
話を戻すように尋ねると、ピノは『ふふん』と胸を張り、
『それもあるケド……それだけじゃないわ。みんな! 出てきて!!』
なんて、誰かに呼びかけるので……
私が「みんな?」と首を傾げると、背後の茂みからカサカサと音がした。
振り向いてみると、そこには――見知った動物たちの姿があった。
井戸から助け出した子グマと母グマ。
落石の危機を救ってくれたゲッコウミミズク。
そして、森の奥に住むアンブルウルフたち。
みんな、一年前のあの旅で出会った友達だ。
「わぁ……みんな久しぶり!」
『お久しぶり、テスティア』
『また会えてよかった』
『元気にしていたか?』
「うん! でも、どうしてここに……?」
『ピノに呼ばれて集まったんだよ!』
と、子グマ――もう大きくなっていて、子グマと呼ぶには語弊があるけれど――が、明るく答える。
『もうすぐテスのお誕生日だから、みんなでお祝いしよう、って!』
「え……?」
驚いてピノの方を見ると、彼女はウェイドの頭にパタタと留まり、
『アタシはみんなに声をかけて回っただけよ。この会の立案者は、ウェイドなんだから』
と、思いがけないことを口にした。
私は驚きながら、彼を見つめる。
「ウェイドが……みんなとのお誕生日会を企画してくれたのですか?」
その問いに、彼は頷く。
「誕生日当日は、うちで盛大なパーティーをする予定だが……親戚や来賓も多く、気が休まらないだろう。だから、こうして気の置けない面々だけを集めた場を設けたかった。この方が、君らしくいられると思ったからな」
そして……彼は荷物から何かを取り出し、私に差し出す。
それは、色とりどりの花で編んだ、可愛らしい冠。
それを私の頭に乗せると、彼は小さく微笑んで、
「少し早いが――誕生日おめでとう、テスティア。君の未来が、幸福で満ちることを祈って……いや、君の未来は、俺が必ず幸せなものにする。だから……これからもずっと、隣にいてくれ」
低く、優しい声で、そう言った。
私の瞳が、ときめきと喜びに、うるりと滲む。
……一年前。
私の誕生日は、絶望に満ちた最悪なものだった。
けれど、今年は……こんなにも幸せで。
大好きなみんなに囲まれて、生まれてきたことを祝ってもらえている。
私には、ウェイドのように未来を見通す力はないけれど……
あの日、「生まれてこなければよかった」と俯いた私に、伝えてあげたい。
大丈夫。
あなたは、生まれてきてよかったんだよ。
幸せで温かな未来が、あなたを待っているよ、って。
私は涙を拭い、みんなを見回して、
「……ありがとうございます、ウェイド。それに、みんな。私……本当に幸せです」
「喜ぶのはまだ早いぞ。ちゃんと食事も用意している。君の好きなルビーベリーと、木の実を使ったクッキーだ」
『みんなで集めたのよ。クッキーは司祭様とウェイドが焼いたの!』
「ウェイドが?」
『そう! コイツってば、力みすぎて生地を紙みたいに薄く伸ばしちゃったんだから!』
みんなの笑い声が響く、森の中で。
誰も知らない、私たちだけの誕生日パーティーが、始まった――
―完―
これにて完結です。
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