7. 偽りのない祝福
――ウーテア山へは明日の朝出発することに決まり、ウェイド様は今夜、うちの屋敷で一泊することとなった。
客室へ案内するため、私は今、彼と二人で廊下を歩いているのだが……
(まさかこんなことになるなんて……ど、どうしよう。今のうちにおしゃべりして、打ち解けておいた方がいいのかな……?)
ちら……っと、ウェイド様の横顔を盗み見る。
高い鼻に、形の良い唇。
廊下に灯る蝋燭の明かりに照らされ、琥珀の瞳が燃えるように輝いている。
そのお顔を一瞬だけ確認し、私はすぐに目を逸らす。
(いや……ムリムリムリ! こちとらマトモな人付き合いもせず動物とばっかり話してきた真のヒキコモリなのに、いきなりこんなジーク様似の美青年と二人旅だなんて……高難易度すぎるよ!!)
と、一人脳内でわたわたするが……
(でも……さすがにこのまま無言でいるのはまずいよね。仮にも助けてもらったわけだし、私のためにわざわざウーテア山まで同行してくれるんだし……)
ごくっ……と、小さく喉を鳴らし。
私は、ありったけの勇気を振り絞り、声を発した。
「あ……あのっ。今回の件、本当にありがとうございます。申し訳ありません、私のために……」
嗚呼、なんて小さな声。
ハカゲヤモリが鳴くよりもか細くて弱々しい。
社交性のなさにあらためて自己嫌悪していると、ウェイド様はこちらを見ないまま……こう答えた。
「別に、君のためだけではない。同じ<星詠みの眼>の一族として、近ごろのベルジック家の活躍は脅威だった。ここでディオニスの不正を暴ければ、王付きの<星詠み>の座を狙うベルジック家を牽制できる。今回の件は、俺にとっても好都合だったというわけだ」
低く、抑揚のない声。
その返答に、私は……ぽかんと口を開ける。
これは……私が罪悪感を抱かないよう、気を遣ってくれている?
それとも、本気で自分の利益だけを考えている?
……いや、きっと後者だ。
たまたま利害が一致したから、私の汚名返上に付き合ってくれているに違いない。
だとしたら、それって……それって…………
(……ますます、ジーク様っぽいじゃない!!)
胸をぎゅっと押さえ、私は悶える
そうそう、この全然優しくない感じ!
私なんかにはまったく興味がない、ただ利害が一致したから行動を共にしているだけみたいな冷たい態度!
完っ全に解釈一致すぎる……!!
嗚呼……やっぱり馴れ合うのはやめよう。
このまま、このビジネスライクな距離感を楽しもう。
だって、その方が萌えるし……
……その方が、裏切られる辛さを味わうこともないから。
「………………」
ふと、私の脳裏に、ディオニスの顔が浮かぶ。
汚らわしいものを見るような目で私を見下ろす、あの顔……
婚約者として見せていた好青年の顔とは大違い。
別に、彼のことは好きでもなんでもなかった。
けれど……
それでも、こんな形で婚約破棄を突き付けられたことが、今になってチクチクと心を蝕んだ。
(有望な<星詠み>と婚約して、ようやく家の役に立てると思っていたのに……結局、こうなっちゃった。私のせいで、またお父様を悲しませてしまった)
ずぶずぶと、冷たい沼に浸るように。
心が、闇に沈んでいく。
(ここまで大事になってしまったんだ、この予見が間違いだったとしても、ディオニスとの婚約は解消になるだろう。そしたら、私は……どうやってお父様を喜ばせたらいいの?)
目の前が暗い。
灯りの少ない廊下のせいでも、月のない夜のせいでもない。
私の心が、真っ黒に染まっているから。
(私、お父様を不幸にしてばかりだ……私なんて、生まれてこなければよかった。もう、消えてなくなりたい――)
……と、そこで。
「……どこまで行く」
ウェイド様にそう言われ、私は我に返る。
いつの間にか、廊下の端まで来てしまっていた。
私は慌てて戻り、ウェイド様に泊まっていただく客室を手で示す。
「し、失礼しました。こちらが今夜お使いいただくお部屋です。必要なものがあれば使いの者にお申し付けください。では、私はこれで……」
笑顔が引き攣っていることを自覚しながら、私は逃げるようにその場を離れた。
……早く、独りになりたい。
その一心で、足早に廊下を進むが……
「――待て」
その時。
後ろから、くいっと手を引かれた。
私の手首を掴む、大きな手。
振り返ると……ウェイド様が、こちらをじっと見つめていた。
「……一つ、伝えそびれていたことがある」
狼のように凛々しく、表情の読めない顔立ち。
けど、心なしか今は、言葉に迷っているようにも見えた。
私が「え……?」と掠れた声で聞き返すと、ウェイド様は一度、言葉を置いて、
「――誕生日おめでとう。君の未来が、幸福で満ちることを祈っている」
……と。
真剣に、それでいて少し照れくさそうに、言った。
私が放心していると、彼はパッと手を離し、
「……引き止めて悪かった。では明日、また」
いつもの淡々とした口調で言って、部屋の中へと消えていった。
廊下に残された私は……へなへなとその場に座り込んだ。
掴まれた手首が、まだ熱い。
『――誕生日おめでとう』
……そうだ。今日は、私の誕生日。
生まれたことを、祝福されるはずの日。
けれど、私の誕生を心から祝ってくれる人は一人もいなかった。
それどころか、生きていることを疎まれ、追放を望まれた。
だからこそ、わかる。
今のウェイド様の言葉は本物。
私の誕生を、心から祝福し……
私の幸福を、心から願ってくれた。
「っ……」
堪えていた涙が、ぽろぽろと溢れる。
……嬉しかった。
取り繕うことも、飾ることもないウェイド様の言葉は、真っ直ぐに私の胸に届いて……
痛くて、苦しくて……なのに、温かくて。
生きていてもいいと、そう言われた気がした。
「……うっ……うぅ……っ」
私は声を殺し、廊下に蹲りながら……
独りきりで、しばらく泣いた。




