解釈違いな結末(ソフィア視点)
そうして時は流れ――
焼けた森の土から、新たな草木が芽吹いた頃。
「ほ……本気ですか?!」
そんな素っ頓狂な声が、ラージウィング家の屋敷に響いた。
あたしは原稿用紙にペンを走らせながら、その絶叫を聞き流す。
「うるさいわねー。大きな声出さないでよ」
「でも、ソフィア先生! これ……このラストの部分……!」
と、彼女――『アイテール幻想記』の担当編集者が、先ほど渡したばかりの原稿を指差し、
「主人公のカトリーナが、本命公爵のリシュターじゃなくて……ジークとくっついているじゃないですか?!」
眼鏡が割れそうな勢いで、そう叫んだ。
耳がキーンとなり、あたしは思わず顔を上げる。
「だからぁ、最初からそうするって決めていたんだってば。カトリーナが選ぶのはジーク以外にはあり得ないんだから」
「わかっているんですか?! ジークは塩対応すぎて、イケメン公爵たちの中では一番不人気なキャラなんですよ?! こんなの、読者からの抗議が殺到するに決まっています!!」
「うーん。でも、実際の物語はこうしてハッピーエンドを迎えたんだけどなぁ」
「……オリジナルの物語?」
……そう。
だって、この『アイテール幻想記』は――
あたしが予見で見たウェイドとテスティアの運命を元に書いたものだから。
「とにかくっ、このラストだけはあり得ません! せっかくの大ヒットシリーズを、こんな形で終わらせるなんて……!」
と、担当編集はガミガミ吠えているが、あたしはそれを無視して、窓の外に目を向ける。
あの一件の後、ウェイドとテスティアは、晴れて夫婦となった。
国王に仕える<星詠みの眼>として、そして、森を護る<精霊獣使い>として、二人はラージウィング家とアスティラルダ家を行き来しながら、仲良く暮らしている。
移動は大変そうだけれど、仕方がない。二人はそれぞれが、その家の大事な跡取りだから。両家を交えて話し合った結果、どちらの家の使命もきちんと果たすと決めたのだ。
(……ま、それも今だけの辛抱だけどね。そろそろ二人とも、アスティラルダ家から帰ってくる頃かなぁ?)
「……って、ソフィア先生! 聞いているんですか?!」
と、担当編集が痺れを切らしたように怒鳴った、その時。
コンコン、と部屋がノックされた。
「お、予想ぴったりね。どうぞー」
そう答えると、ドアが開き……
あたしの可愛い義妹、テスティアが入って来た。
「失礼します、ソフィアさん。戻ったので、ご挨拶に伺いました」
「おかえりなさい、テスティア! それにピノちゃんも! あれ、ウェイドは?」
「今、部屋に荷物を運んでくれています。あ、こんにちは、担当さん。すみません、お取り込み中でしたか?」
担当編集のピリピリした雰囲気に気付き、テスティアが申し訳なさそうな顔をする。
いーや、ぜんぜん!
あたしがそう答えるより早く、担当編集がずいっとテスティアに詰め寄り、
「『まるぴの』さん! ちょうど良いところに!! 聞いてくださいよ! ソフィア先生ったら、『アイテール幻想記』のラストをジークとの結婚エンドにするなどと宣っているのですよ?!」
「えぇーっ?!」
口を押さえ、驚愕するテスティア。
あたしはすぐに担当編集に抗議する。
「ちょっと、熱心な読者にネタバレしないでくれる?」
「熱心な読者だからこそ、ご意見を伺いたいのです! このラストについてどう思われますか?! 『まるぴの』さん!!」
眼鏡をクイッと上げ、躙り寄る担当編集。
しかしあたしは「ふん」と鼻を鳴らし、静観する。
否定的な意見を期待しているのだろうけど、残念だったわね。『まるぴの』ちゃんは筋金入りのジーク派。彼女にとってこの結末は、願ってもいない超展開のはずよ!
勝利を確信し、腕を組んで眺めていた……のだけれど。
「……ソフィアさん。それは…………」
テスティアは……潤んだ瞳であたしを見つめ、
「完っ全に、解釈違いです! ジーク様は損得重視の冷徹な一匹狼……カトリーナとくっつくなんて、そんなのジーク様じゃありません!! 原作者様に意見するなど、無礼で烏滸がましいことだとは重々承知していますが……どうか、考え直していただけないでしょうか?!」
と、この世の終わりのような顔で、そう懇願するので……
あたしは、ガクッとこけそうになる。
「あ、あれ……? でもあなた、ウェイドと結婚したじゃない?」
「はい、しました」
「ジークは、ウェイドをモデルにしたのよ? なら、物語の中のウェイドがヒロインとくっつくのは、あなたとしても、その……願ったり叶ったりなんじゃないの?」
身振り手振りを交え、そう尋ねるけれど……
テスティアは、キリッとした顔で首を横に振り、
「物語は物語、現実は現実です。いくらモデルといえど、ジーク様とウェイドは別人ですから」
当たり前、と言わんばかりの声で、そう答えた。
それを聞いて、あたしは……自分の中の認識が間違っていたことを、ようやく悟る。
「……なるほどね」
あたしは、椅子の背もたれに身を預け、彼女に言う。
「テスティアはジーク推しだから、ジークにそっくりなウェイドに惹かれたのだと思っていたけれど……違うんだ。ちゃんと、"ウェイドだから"好きなのね」
すると、テスティアは……
ぼっと頬を染め、恥ずかしそうに目を逸らし、
「あ、あらためて言われると、照れてしまいますが……ソフィアさんのおっしゃる通り、私はウェイドにジーク様の影を重ねてはいません。ジーク様とは違う"ウェイドらしさ"に、その……恋をしたのです」
あぁっ、なんて初々しいセリフっ。いじらしすぎて、思わず胸がキュンとなる。
担当編集までもが胸を押さえ、ときめきに悶えているようだ。
作者が決めた結末にケチをつけられたことは癪だけれど……
ウェイドの姉として、ありのままの弟を好いてもらえたことは、この上なく嬉しいことだ。
だから、
「……そ。なら、この結末は変えようかな」
「えっ?! ほ、本当ですか? ソフィア先生!!」
あたしのため息混じりの言葉に、担当編集が興奮気味に身を乗り出す。
「だって、オリジナルのヒロインがこう言っているんだもん。確かに、ジークとウェイドはもはや別人だし……現実とは違う結末を歩ませたっていいのかもね」
「あぁっ、よかった! ありがとうございます、『まるぴの』さん! あなたのお陰です!!」
何度も頭を下げる担当編集に、「いえいえ」と手を振るテスティア。
そして、彼女は……
「――ありがとうございます、ソフィア先生。最終巻、楽しみにしていますね」
と、屈託のない笑みを浮かべ、そう言った。
その笑顔を見て、あたしは……思わず嬉しくなる。
(……本当に、いいカオで笑うようになったね。むかし夢で見ていた頃は、寂しそーなカオばかりしていたけど……)
……そこで。
あたしは、ドアの向こうにいる気配に意識を向けて、
(テスティアがこんな風に笑えるようになったのは……あいつの頑張りのお陰なのかな?)
――ニヤッ、と。
抑えきれない笑みを、口の端に浮かべて、
「ふふん……それよりも、テスティア。さっきのセリフ、廊下で聞き耳を立てている不届き者に、もう一度聞かせてやってくれない?」
と、ドアの外にまで聞こえるような声で言ってやる。
テスティアが「え……?」と驚きながらドアを開けると……
案の定、ウェイドがそこに立っていた。
「う、ウェイド……?! もしかして、ぜんぶ聞いていたのですか?!」
テスティアが茹で蛸のようになりながら尋ねると、我が弟は悪びれることなく、こう答える。
「まさか。君がジークではなく"俺"に惚れていただなんて話、まったく聞こえなかった」
「いや、しっかりばっちり聞こえているじゃないですか! うぅ、恥ずかしい……」
羞恥心に涙を浮かべ、ツッコむテスティア。
そんな彼女を、ウェイドはぐいっと引き寄せ、
「俺の都合の良い聞き間違いの可能性もある……部屋に戻って、もう一度よく聞かせてくれないか? 二人きりで」
なんて、見てるこっちが恥ずかしくなるような、甘い声で囁いてから……
実弟は、冷え切った目であたしを見つめ、
「というわけで、またしばらくはこっちにいる。テスティアに妙なちょっかいをかけるなよ、ソフィア」
そう言い捨てると、テスティアを攫うように去って行った。
やれやれと肩を竦めると、いつの間にかテスティアの元を離れていたピノちゃんが、あたしの肩に留まった。
そして、あたしと同じように首をふりふり振る。まるで、『お熱いわねぇ』と言わんばかりに。
「君の言葉はわからないけれど……あたしたち、すごく気が合うと思うのよねぇ」
そう伝えると、ピノちゃんは嬉しそうに『ピピ』と鳴いてくれた。
――近い将来、ウェイドとテスティアは、二人の子供を授かる。
そして、子供のうちの一人は<星詠みの眼>としてラージウィング家を、もう一人は<精霊獣使い>としてアスティラルダ家を継ぎ、それぞれの家を繁栄させてゆく……
そんな未来が、あたしには既に見えているのだけれど。
ネタバレなんて野暮な真似をする気はさらさらないから、これからも二人の幸せを一番近くでにまにまと見守らせてもらうつもりだ。
それに――
(あの二人なら、予見なんかなくても……自分たちの力で未来を切り拓いていけるはずだからね)
……と、新婚でラブラブな弟夫婦に思いを馳せたところで。
「それで……この小説のラストは、どうするつもりですか? ソフィア先生」
担当編集に話を戻すように投げかけられ、あたしは、うんと伸びをする。
「はぁ……仕方ない。読者に納得してもらえるラストに書き換えますか。未来の甥っ子と姪っ子をめいっぱい可愛がるために、今から稼いでおかないといけないしねぇー」
なんて、気の早い伯母馬鹿を発揮しながら……
あたしはもう一度、原稿用紙に向き合うのだった。




