55. 人と精霊獣
大きな翼をバサリと羽ばたかせ、ピノが焼け焦げた地面へ降り立つ。
直後、ピノの身体がぱぁっと光り、元の大きさに戻ってしまった。
「パルエレミア様……!」
すっかりハカゲヤモリの姿に変わった彼女を、私はそっと手に乗せる。
すると、その身体がぴくりと動き、小さな吸盤で私の手のひらをしっかりと掴んだ。
『ありがとう、テスティア……リュピノーラ……』
「よかった……ご無事なのですね……!」
パルエレミア様の意識を感じ、私は声を上げる。
後ろから覗き込むウェイドを振り返ると、彼も安堵したように頷いた。
『<星詠み>の青年もありがとう……これで、永きに渡り蓄積された"怨恨"を浄化できたわ』
「怨恨……?」
『パルエレミア様、それってどーいうイミ?』
私とピノが聞き返すと、パルエレミア様は私たちを見回し、
『そうね……あなたたちには真実を伝えても良いかもしれない。これは、数百年前から続く精霊獣の"怨恨"……あなたたちが「竜魔戦争」と呼ぶ戦いの、本当の歴史よ』
そう言って……静かな声で語り始めた。
『――かつて、私たち精霊獣は、人類と共にあった。人類の知恵と、精霊獣の魔力を合わせ、信頼できる無類の友として長い歴史を歩んできた。けれど……』
そこで、パルエレミア様は一度言葉を止める。
『……人類の文明が発展するに連れ、土地や資源を巡る戦争が度々起こるようになった。その戦いに駆り出されたのは……私たち精霊獣だった』
「そんな……」
精霊獣が、武力として使われていた……?
絶句する私を、パルエレミア様が見上げる。
『人間を信頼していた私たちは、命じられるがままに力を使った。烈火を吐き、激流で地を洗い、雷鳴を轟かせ、豪風を吹かせて……そうして、たくさんの同胞と殺し合った』
ピノが、そっと私に擦り寄ってくる。
想像しただけで恐ろしくなったのだろう。私も同じ気持ちだった。
『私たちは、次第に我を失っていった。人間への信頼も、精霊獣としての誇りも忘れ……このような目に遭わせた人間たちへの憎しみに支配される"獣"となった。そこからは……精霊獣と人間の戦争へと変わっていった』
精霊獣と、人間の戦争……
それは、どれほど凄惨なものだっただろうと、考えるほどに胸が痛くなる。
『このままでは、精霊獣も人間も滅んでしまう。戦いが熾烈化し、後に引けなくなった時……手を差し伸べてくれたのは、竜たちだった』
「竜……?!」
『そうよ。竜は、精霊獣や人類よりもはるか昔からこの地に棲む種族。永い寿命と、未来を見通す不思議な力を持ち、争いを好まず、ひとりでひっそりと山に住まう穏やかな生き物だった。だから、精霊獣と人間との戦争にも無関心だったけれど……自分たちの平穏まで脅かされ兼ねない状況に、さすがに黙っていられなくなったのでしょうね』
「でも、私が聞いた歴史では、竜と精霊獣が争ったと……それが『竜魔戦争』なのだと聞かされてきました」
『それは人間が都合の良いように変えた偽りの歴史よ。実際は、竜が戦争をおさめてくれたの。私たち精霊獣から、魔力を奪うことでね』
魔力を、奪う……?
でも、そんなことをしたら、精霊獣たちが人間にやられてしまうんじゃ……?
私の疑問を察したのか、パルエレミア様が続ける。
『竜は、私たちから魔力と憎しみを抜き取り、森に棲む小さな動物と同じ姿に変えたの。そうすることで、人間の目からわたしたちを隠した。人間には動物と精霊獣の区別がつかなくなるから、攻撃のしようがなくなるでしょう?』
「あ……」
だから精霊獣は、その戦争以来、姿を消したんだ。
森の動物たちの中に紛れたから。
史実と事実の辻褄がようやく合い、私は納得する。
『そして、竜はわたしたちから抜き取った魔力と憎しみを、自らの血で封じた。それが、現代において「竜華結晶」と呼ばれる鉱石よ』
「竜華結晶が……?」
聞き返すウェイドに、パルエレミア様が頷く。
『えぇ。竜が私たちを隠したことで、精霊獣と人間の争いは幕を閉じたわ。でも、竜たちの懸念は消えなかった。人類が再び世界の安寧を脅かすのではないかと疑ったの。だから――竜たちは人間に姿を変えて、近くで監視することにした。争いのない未来へ導く、<予見者>となってね』
「予見者……それって、まさか……!」
私の言葉に、パルエレミア様は顔を上げ、
『そう。あなたたち<星詠みの眼>の起源は――人に姿を変えた"竜"だったのよ』
と……
ウェイドを見つめながら、静かに言った。




