53. 目覚めの刻
――森の真ん中にある、大きな大きな樹。
樹齢数百年と思われるその大樹は、アンテローズの森に住むすべての生き物にとって憩いの場所になっていた。
『ほらほら。ここに座って』
マルツグミに促されるまま、私は大樹の根っこに座る。
『んで? どうして悲しいカオをしていたの? アタシとパルエレミア様に話してみて?』
私の膝にちょんと留まり、マルツグミが言う。
私は、少し躊躇ったけれど……言葉を選びながら、先ほどの出来事を語った。
<精霊獣使い>という能力のせいで、他のご令嬢たちから気味悪がられていること。
従姉妹にウサギのぬいぐるみを贈ったけれど、ぼろぼろにして突き返されたこと。
「私、知らない間にアンシアを傷付けていたみたい……こうして森のみんなとお話できるのはすごく楽しいし、みんなのことは大好き。けれど……この力のせいで、人間たちからは疎まれている。私、どうしたらいいのかな?」
言いながら、また涙が滲んでくる。
すると、マルツグミはパタパタと羽を動かし、
『どうもこうも、アンタはそのままでいいわよ。変わる必要もないし、自分を責める必要もないわ!』
そう言って、必死に励ましてくれる。
『人間だけじゃない、動物も同じよ。みんなと少し違うってだけで、すぐに仲間外れにしたりするの。現に、アタシも……』
「え……あなたも?」
『うっ……そ、そう。なんか、アタシの持つオーラがみんなとは違うみたいで……って、アタシのことはいいのよ! とにかく!!』
マルツグミは、私の目の前に飛び上がると、
『アンタはヒドイ扱いを受けているのに、仕返ししようとは思っていない! それどころか、作り物のウサギを埋めてあげるような優しい心の持ち主よ! その綺麗な心を誇りに思いなさい!!』
「誇り……?」
『そう! アンタはきっと心が綺麗だから、<精霊獣使い>っていう特別な存在に選ばれたのよ! アタシが運命の主なら、周りを貶めるような邪悪な人間にその能力を授けたりしないもの!』
「……そうかな?」
『そーよ! アンタは間違ってなんかいない。そのまっすぐな心を忘れずに、気高く強く生きなさい!!』
気高く、強く……
……と、彼女の言葉を胸の内で繰り返した、その時。
大樹の枝葉が風を受け、サワサワと揺れた。
『ほら、パルエレミア様も言ってる! アンタが能力を宿したのには、ちゃんとした理由があるって!』
「ほんとに? 私には聞こえないけど……」
『ほんとにほんとよ! アタシ、嘘つかないわ!』
胸を張るように答えるマルツグミ。
その愛らしくも誇らしい姿に、私は……悲しみが癒やされてゆくのを感じる。
私が<精霊獣使い>の能力を宿したのには、理由がある。
だから、選ばれたことを誇り思い、気高く強く生きてゆく……
今はまだ、そう思えるほどの自信なんてないけれど。
いつか、そんな気持ちで生きることができたら……この能力ごと、自分を好きになれたら、って……初めて、前向きに思うことができた。
この、優しいマルツグミのお陰で。
私は目を細め、小さく微笑む。
「じゃあ……あなたが他のコと違うのにも、きっと理由があるんだね」
『あ、アタシも?』
「そうだよ。だってあなたは、マルツグミの中でも特別に優しいもの。泣いている人間に自分から声をかけちゃうくらいにね。私が運命の主なら……迷わず、あなたを選ぶよ」
そして、私は人差し指を差し出す。
「ねぇ……私とお友達になってくれない?」
『えっ?』
「私、テスティア。あなたは? 名前はある?」
森の動物たちには、名前がないことがほとんどだった。
彼らの間には、名前を呼び合う文化がないから。
けれど、そのマルツグミは違った。
彼女は、私の指に留まると、
『――ピノよ』
迷いなく、そう答えた。
「素敵な名だね。誰かにもらったの?」
『ううん。ただ、生まれた時からなんとなく、アタシはそんな名前だった気がするの。それこそ、運命の主からの贈り物か、前世のキオクとかかもね』
「そう……それじゃあ、ピノ。これからもよろしくね」
『うんっ。あ、そーだ。アタシ、一度でいいからパンっていうものを齧ってみたかったの。テスティア、今度持ってきてくれない?』
そうして私は、出会った。
世界でたった一羽の、大切な親友に――
♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎
――それなのに。
「っ…………」
燃え盛る森の中、手のひらに横たわるピノを見つめる。
ピノは、ずっと側にいてくれた。
独りぼっちだった私に寄り添い、励まし、何度も助けてくれた。
かけがえのない……私の、親友。
そんなピノの大切な場所が、今、なくなろうとしている。
私の手で護りたいのに……目の前で、今も燃えている。
「……だめ……」
私は、ピノの身体をきゅっと包み込む。
「ここは、ピノの故郷……そして、私とピノの、思い出の場所……」
胸に、感じたことのない熱が灯る。
その熱が、ピノにまで伝わる――
「――お願い、どうか…………私に、護らせて……!」
込み上げる熱を解き放つように、強く祈った――その時。
――パァァアア……ッ!!
ピノの身体が、ふわりと浮き上がり……
眩いばかりの光を放った。




