42. いつかのための予約
母グマと、その背に乗った子グマに案内され、私たちは街の西門から森の中へと入った。
鬱蒼と茂る木々に月明かりが遮られ、視界を照らすのは民家から借りたランタンのみだ。
夜鳥の声を遠くに聞きながら、しばらく進むと、
『ここだよ! ここが、ぼくたちの家!』
子グマが、すっかり心を許した様子で言った。
ランタンをかざすと、そこには大きな樹が立っていて、根っこの部分に洞が空いていた。
メイプルグマは、こうした地面と根っこの間に巣を掘り、寝ぐらにする。私がアンテローズの森で遊んだクマたちもそうだった。
『クンクン……おかしい。ニンゲンのにおいがする』
母グマが、警戒するように言う。
予想が当たったことを確信しながら、私はウェイドに言う。
「人間のにおいがするそうです。やはり、犯人が来たのかも」
「……念のため、君はここにいろ」
そう言って、ウェイドは慎重に洞の中へと足を踏み入れた。
周りに馬の気配がないから、犯人は既に去ったみたいだけれど……
しばらくして、ウェイドが洞から出てきた。
その手には、紫色に光る石の欠片が乗っていた。
「ウェイド、それって……!」
「竜華結晶だ。この奥に巨大な塊があったのだろう。掘られた形跡があった」
やはり、狙いは竜華結晶……
それを掘るために子グマを連れ去り、母グマを巣穴から誘き出したのだろう。
「どうして竜華結晶を……しかも、動物たちの住み処ばかり荒らして……」
「ウーテア山に行けば採掘できるが、あそこは<星詠みの眼>の関係者しか入山が許されない。恐らく、動物たちの縄張りであったがために採掘を免れていた場所を狙っているのだろう」
「そう考えると、やはり犯人は<星詠みの眼>とは無関係な人物……?」
「そこが不思議な点だ。知っての通り、竜華結晶の在り処は<星詠みの眼>でなければ感知できない。それなのに何故、犯人たちはこの場所を特定できたのか……」
つまり、<星詠みの眼>の協力者がいるのかもしれない、ってこと……?
でも、<星詠みの眼>ならウーテア山に入れるから、竜華結晶はいらないはずだし……
深まる謎に口を閉ざすと、ウェイドが仕切り直すように顔を上げ、
「ウーテア山の祭殿に着いたら、君の件と合わせて、犯人についての<星詠み>をする。そうすれば、何か見えてくるだろう」
そう言った。
確かに、彼の予見に頼れば犯人の手がかりが掴めるかもしれない。
ここであれこれ考えるよりも、ウーテア山へ向かった方が早そうだ。
「そうですね……ぜひお願いします」
「ん。では、そろそろ街へ戻ろう。住民たちに解決した旨を伝えなければ」
「はい。それじゃあ、私たちは行くね。怖い人間はもうここへは来ないから安心して。どうか元気で」
私は、親子グマに別れを告げる。
すると、子グマが母グマの背中から降り、駆け寄って来て、
『あの……引っ掻いちゃってごめんなさい。助けてくれて、ありがとう』
と、ウェイドを見上げ、そう言った。
当然、ウェイドには伝わらない。だから、私が代わりに伝えようとするが……
子グマの様子から言いたいことを察したのか、ウェイドは少し屈んで、
「気にするな。たくさん食べて、大きくなれ」
子グマの頭を優しく撫でながら、そう言った。
* * * *
ラグリスの街へ戻り、私たちは避難していた人々にクマの脅威が去ったことを伝えた。
人々は歓喜し、私たちを称賛しながら「儀式をやり直そう!」と言った。
(そ、そうだった……『豊穣祈願の儀式』、とんでもないタイミングで中断したんだった……!)
肝心なことを思い出し、あわあわと狼狽えるも、私たちはあれよあれよと言う間に広場の舞台へ戻され……
夫婦を誓う口付けから、やり直しとなった。
「………………」
再び向かい合う、私とウェイド。
さっきは、本当にキスされそうな勢いだったけれど……
(こんな人前で恥ずかしいっ……けど…………ウェイドとなら、私……っ)
覚悟を決めて、私はきゅっと目を閉じる。
心臓の音が、これ以上ないくらい大きく聞こえる。
緊張で縮こまった肩に、ウェイドの大きな手が置かれ……私は、少し顎を上げる。
瞼の向こうに落ちる影。
彼が、顔を近付けてくる。
――ドクン、ドクン、ドクン。
目眩がしそうなくらいに、高鳴る鼓動。
そして……
彼の体温が、いよいよ私に重なり――
――ちゅ……っ。
……と、優しく、慈しむように、唇が触れた。
…………私の、おでこに。
「………………へっ?」
私の情けない声は、会場に湧き起こるブーイングによって掻き消された。
みんな、唇へのキスに期待していたらしい。
……もちろん、私もだけど。
「う……ウェイド……?」
ぱちくりと見上げる私に、ウェイドは気まずそうに目を細める。
そして、頬をほんのり染めながら、呟くように言う。
「……何故、目を瞑った?」
「え……」
「……危うく、本当にしてしまうところだった」
それって…………唇に、ってこと……?!
顔をぼっと熱くし、硬直する私に……
ウェイドは手を伸ばし、私の前髪をさらりと上げて、
「……俺は、楽しみは最後に取っておく主義なんだ。だから…………今のは、その"予約"だ」
と……
口付けしたおでこを、そっと撫でてた。
楽しみの、予約、って……………………えっ?!
彼の言葉の意味を考え、私はますます頭を沸騰させる。
そんな私の肩で、ピノが呆れたように呟く。
『はぁ……やっぱりいくじなしね』
その視線に気付いたらしいウェイドが、ピノを見つめ、
「だから……そんな目で俺を見るな」
と、どこか悔しげに言った。




