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解釈違いです、公爵様!〜予見を理由に婚約破棄されたので、推しと一緒に汚名返上の旅に出ます〜  作者: 河津田 眞紀@第一回Nola原作大賞早期受賞×2作


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41. 暗闇を照らして



 足跡を辿り、暗い庭を奥へと進むと……

 屋根付きの井戸が、ぽつんと佇んでいるのが見えた。


 灰色の石で円形に組まれた、古い井戸だ。

 屋根には蔦が這い、ロープを垂らす滑車は錆び付いている。


『……待って、テス。何か聞こえない?』


 ふと、肩に留まるピノが言う。

 私は足を止め、耳と意識を研ぎ澄ませる。


「……テスティア?」


 私に気付き、ウェイドも足を止める。

 私は答えないまま、周囲の音と気配を探り……



 ――カリッ……カリカリ……ッ。



 ……という、何かを引っ掻くような音と。

 今にも消えそうな、動物の『たすけて』という声を捉えた。

 それは、あの古井戸の方から聞こえていて……


「……まさか……!」


 私は駆け出す。

 予想通り、男の足跡はこの井戸まで続いていた。


 そして、井戸の縁に手をかけ、中を覗き込むと……底は真っ暗闇。

 でも確かに、あの「カリカリ」という音が鳴っていた。


『たすけて……ママ……ママ……!』


 頭に響く、幼い声。

 間違いない。子グマは、この井戸の底にいる。

 きっと、男に放り込まれたのだ。


『坊や……! そこにいるの?!』


 においで察したのか、母グマが唸りながら井戸を覗く。

 しかし、その体重で井戸の縁が欠け、小石がパラパラと底に落ちた。


「お母さん、離れて! 井戸が崩れたら底が塞がってしまう!」


 興奮する母グマを、私は必死に宥める。


 小石が落ちた後、水音がしなかった。恐らく井戸の水が枯れているのだろう。だから子グマは溺れずに生きていられた。

 でも、このまま出られなければいつかは死んでしまう。早く助け出さないと……


「子グマは、井戸の底にいるんだな」


 焦る私に、ウェイドが言う。


「はい。でも、どうやって助ければいいか……」

「俺が入る。ロープを伝って、底へ降りればいい」

「そんな……危険です! こんなに暗いし、ウェイドまで落ちたら……!」

「だが、他に方法がないだろう。明るくなるまで待てるような状況でもあるまい」


 確かに、興奮状態にあるこの母グマが朝まで待ってくれるとは思えない。無理やり助けようと井戸に触れ、壊してしまう可能性だってある。


「…………っ」


 私は周囲を見回し、民家の軒先にランタンを見つける。それを手に取り、井戸に戻ると、


「私が上から照らします。子グマの救出……お願いできますか?」


 心苦しさを押し込めて、そう尋ねた。

 ウェイドのことは心配だけれど……この局面を脱するには、彼を頼るしかない。

 ウェイドはしっかりと頷くと、


「あぁ。必ず助け出す」


 強い意志を孕んだ声で、そう答えてくれた。




 ――ウェイドは桶を下ろすためのロープに掴まり、井戸の内側の壁に背中と足の裏を付けながら、徐々に降りてゆく。

 

 ランタンで照らすと、微かに底が見えた。その灯りと、ウェイドが近付く音に気付いたのだろう。子グマの声が聞こえてくる。


『だ、誰? ニンゲン……? やめて、来ないで!』

「大丈夫よ。私たちは敵じゃない。あなたを助けに来たの!」


 すぐにそう伝えるが、子グマの恐怖心は消えない。

 母親から離れ、無理やり連れ去られて、こんな井戸の底に落とされるなんて……どれだけ怖かっただろう。怯えるのも無理はない。


「あなたのお母さんもここにいるよ! 今、そこから出してあげるから……その人に捕まって!」


 私が叫ぶのと同時に、ウェイドが底に到達した。子グマに向けて手を伸ばす。

 しかし子グマは、小さく唸りながらその手を避ける。


『やだっ! 来ないで! ママ! ママぁっ!!』

「大丈夫! あなたを傷付けることは絶対にしない! お願い、その手を取って!!」


 私の呼びかけも虚しく、子グマは狭い井戸の底を必死に逃げようとする。

 動く度に、びちゃびちゃという湿った音が響いた。きっと、底がぬかるんでいるのだろう。


「くっ……このままだと、泥にはまって動けなくなるぞ」

「そんな……!」


 ウェイドの声に、焦りが募る。

 私の後ろで、母グマも心配そうにうろうろと歩き回っている。


「悪いな……君を助けるためだ」


 子グマから寄ってくるのを待てないと判断したのだろう。ウェイドは一言断りを入れると、目いっぱい手を伸ばし……

 子グマを抱き上げ、ぬかるみから救出した。


「やった……!」


 と、安堵したのも束の間……


『いやだっ! 離してよぉっ!!』



 ――ガリッ……!!



 子グマが激しく暴れ、ウェイドの腕を引っ掻いた。


 子供といえど、木登りを得意とするクマだ。爪は鋭利で硬い。ウェイドが小さく「うっ」と唸るのが聞こえる。


「……! ウェイド!!」

「大丈夫だ、問題ない」


 ウェイドはこちらを見上げ、小さく笑う。

 それから、胸に抱き上げた子グマを見下ろし、


「もう少しの辛抱だ……怖いなら、いくらでも俺の腕を引っ掻いて構わない。何があっても、俺は君を離さない」


 と、優しい声で言い聞かせた。


 <精霊獣使い(ファミリエル)>ではない彼の言葉は、子グマに通じるはずがないのだけれど……

 気持ちが伝わったのか、子グマは抵抗をやめ、おとなしくなった。



 ピノと母グマと一緒に、固唾を飲んで見守る中……

 ウェイドはロープを手繰り、子グマを無事地上へと引き上げた。


『ママぁっ!』

『坊や! わたしの坊や!!』


 ウェイドの腕から飛び出し、母グマに身体を寄せる子グマ。

 泥で汚れているものの、怪我はしていないようだ。底のぬかるみがクッション代わりになったのだろう。


「ウェイド、傷は……?!」


 彼に駆け寄り、引っ掻かれた腕を見る。斜めに引き裂かれた傷から血が滲んでいた。

 しかしウェイドは、顔色を変えずに淡々と答える。


「大したことない。寝れば治る」

『ウソね。まぁまぁ痛いはずよ。ヤセ我慢してるわ』

「……後でちゃんと治療しましょうね」


 ピノの告げ口を聞き、私は吐息混じりに言ってから、


「……ありがとうございます、ウェイド。私一人では、子グマを助けることも、宥めることもできませんでした。あなたがいてくれて……本当によかった」

 

 心からの感謝を込めて、そう言った。

 ウェイドは、少し驚いたように目を見開いてから……その目をパッと逸らし、


「いや、君が母グマを説得してくれたおかげだ。それと……そこの鳥がクマを見つけてくれたおかげだな」

『だからぁっ、鳥じゃなくてピノだってば!!』


 お馴染みになりつつやり取りに、私が思わず笑うと、母グマが私たちの方を向いて、


『ありがとう……本当にありがとう。あなたたちは、良いニンゲンだった』


 と、穏やかな声で言った。

 その魂からは、あの禍々しい憎しみが綺麗に消え去っていた。


「いいえ、とにかく無事でよかった。あなたの大事な子を危険な目に遭わせてごめんなさい。人間を代表して、謝らせてほしい」

『いいの。坊やが無事なら、それで』

「でも、犯人はどうしてこんなことを……まさか、お祭りを混乱させることが目的?」

「いや……同一犯の仕業なら、また竜華結晶が関係しているのかもしれない」


 ウェイドの言葉に、私はハッとなる。

 だとすれば、犯人の狙いは……


「……お母さん。あなたたちの巣穴に、何か手がかりがあるかもしれない。案内してもらえないかな?」


 母グマに向け、私はすぐに願い出た。



 

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