5. 推し、現る
狼のような青年が言う。
「いくら活躍目覚ましいベルジック家のご子息であろうと、その予見をすべて鵜呑みにすることはできない。予見内容を証明する書面は? ベルジック家が出した正式な予見であれば、当然発行されているはずだが?」
抑揚のない、淡々とした声。
脅しているわけでも、挑発しているわけでもない、ただ事実確認をしているだけの平坦な声。
だから、気付くのが少し遅れた。
どうやらこの青年、私の弁護をしてくれているらしい。
……いや、というか、正直それどころではなかった。
やばい、どうしよう。この人……
(私の推し……ジーク様に、そっくりすぎる……!!)
……そうなのだ。
顔も声も喋り方も佇まいも、私の想像のまんま。
こんな人が、現実世界に存在していただなんて……
誰なの……?
この素敵な人は、一体何者なの……?!
という私の疑問に答えるように、周囲からこんな囁きが聞こえてくる。
「ラージウィング家の次期当主、ウェイド様よ……」
「ラージウィング家って、あの国王直属の<星詠み>の……? この会場にいらしていたのか……」
……とのこと。
つまり、同じ<星詠みの眼>の血族でも、地位としてはベルジック家よりも上。
そんなすごい公爵家の方が、私の肩を持ってくれているらしい。
確かに、これが正式な予見なのか、内容に間違いはないのか、きちんと確認する必要がある。
狼のような青年――ウェイド様の問いかけに、ディオニス様は分かりやすく顔を顰める。
「あ、あいにく証書は用意していないが……しかし、この僕が予見したのだから間違いない。妙な言いがかりをつけて割りを食うのは君の方だぞ? ラージウィング家の"眼無し"殿」
明らかに悪意を含んだ最後の言葉に、会場が騒つく。
"眼無し"とは、予見する能力のない者を指す蔑称。
まさか、王付きの<星詠み>であるウェイド様が無能力者だなんて……
しかし、あからさまな挑発を受けてもなお、ウェイド様は顔色一つ変えず、こう答える。
「君の予見の真偽と、俺の能力の有無については関係がない。それに、<星詠みの眼>に予見の正当性を問うたところで被る損失などあるはずもない。君の一族が妙な手出しをしない限りはな」
「くっ……」
早朝の湖面のように澄み切った、ウェイド様の声音。
挑発したはずのディオニス様の方が動揺を滲ませている。
(すごい……この冷静さと余裕。ますますジーク様っぽい……!)
と、頭の隅っこで密かに盛り上がっていると、ディオニス様に寄り添うアンシアが私を睨み付け、
「証書なら後日突き付けてやればいいですわ。そんなことより、テスティアお姉様。いい加減、何かおっしゃったらいかが? 先ほどからだんまりを決め込んで、当事者として恥ずかしくないのです? それとも、ついに人間の言葉を話せなくなったのかしら?」
そう言って、こちらを指差しながら、高笑いした。
悪意と優越感に歪んだ、アンシアの笑顔。
彼女に辛辣な言葉をかけられるのは、これが初めてではない。
昔から大人の目がない時、彼女は私を『獣臭い野生児』だと罵っていた。
仕方がない。私のせいで、同じアスティラルダ家の血族として後ろ指を指されることもあっただろうから。
だから、今さら彼女に悪意を向けられたところで、感情が揺らいだりはしない。
むしろ、この状況の当事者でありながら、どこか他人事のように黙っていたことは事実だ。
私は、一度目を伏せ……
再び開けると、一歩前に踏み出す。
そして、ディオニス様を真っ直ぐ見据え、こう言った。
「その予見が真実であるならば、お望み通り婚約を破棄いたします。ですが、その真偽の証明には――ウェイド様。あなた方ラージウィング家にご協力いただきたいです」
と、私は背後に立つウェイド様を振り返る。
これは、アスティラルダ家の未来を左右する重要な予見だ。
ディオニス様やアンシアたちの悪意によってでっち上げられた予見である可能性もゼロではない。
だったら、別の<星詠みの眼>の力を借りて、私の本当の運命を詠んでもらうのみ。
「それでも同じ未来が予見されるのならば……その時は、私はこの国から去ります。ですが、これは私だけが被るべき罪。お父様は関係ありません。私が去った後も、お父様の地位と生活を保証することだけは、どうかお約束いただけないでしょうか?」
私が言うと、すぐにお父様が「テスティア……!」と悲痛に叫ぶ。
私は静かに微笑み返し……視線を再び、ディオニス様に向けて、
「いかがでしょうか、ディオニス様。私は逃げも隠れもいたしません。ただ、ラージウィング家にも運命を見ていただくだけです。あなた方に不利益は生じないと思いますが」
自分でも驚くくらいに淡々とした声で、言った。
ディオニス様は、一瞬怯んだように眉を顰めるが……「ふん」と鼻を鳴らし、
「いいだろう。どうせ結果は同じだ。自らの邪悪な運命を、その目で確かめるといい」
勝ち誇ったように、そう答えた。
その視線を受け止め、最後に私はウェイド様を振り返り、
「ウェイド様も……この件、ご協力いただけますか?」
緊張を隠しながら、尋ねた。
彼は、やはり眉一つ動かさないまま頷き、
「あぁ。協力しよう」
低い声で、そう答えてくれた。




