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解釈違いです、公爵様!〜予見を理由に婚約破棄されたので、推しと一緒に汚名返上の旅に出ます〜  作者: 河津田 眞紀@第一回Nola原作大賞早期受賞×2作


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39. 偽りのくちづけ



 儀式の準備をしている間に日は沈み――

 黄昏に染まるラグリスの街の広場には、多くの人が集まっていた。


 昼間に曲芸師や吟遊詩人がパフォーマンスを披露していた場所には舞台が設置され、女神エルフィネラの像と祭壇が飾られた。

 私とウェイドが『豊穣祈願の儀式』をおこなう舞台だ。



(こ、こんなに人がたくさん……?! そうだよね、お祭りのメインイベントだもん。どうしよう、今さら怖くなってきた……!)


 集まった人の多さに、舞台の裏で震えていると……


「大丈夫か、テスティア」


 後ろから、ウェイドが声をかけてくれた。

 振り返って見上げた彼は、やはり王子様みたいにかっこよくて……ますます息がぎゅっとなり、


(ぜ……全然大丈夫じゃない……ッ!)


 と、叫びたくなるけれど、


「だ、大丈夫です……ちょっと緊張しちゃって」


 なんて、ちょっとどころではない緊張を隠すように、無理やり微笑み返した。

 するとウェイドは、一つ頷き、


「……俺も緊張している」

「えっ……ウェイドも?」

「あぁ」

「……ウェイドにも、ドキドキすることがあるのですね」

「最近は、割とある」

「そう、なのですか?」

「……ほら」


 そう言うと、ウェイドは私の手を取り……

 自分の胸に、そっと押し当てた。


「……わかるか? 心臓が、情けないくらいに高鳴っているだろう」


 確かに、手のひらに感じる彼の鼓動は……

 添い寝をしてもらったあの晩と同じくらいに、強く速く脈打っていた。


「大丈夫だ。緊張しているのは君だけじゃない。そう思えば、少しは気が楽になるだろう」


 そんな風に言われ、私は……思わず笑顔になる。

 確かに、ウェイドも緊張しているのだと思うと、一人じゃないんだと安心できた。


「……はい。とても気持ちが楽になりました。ありがとうございます」

「ん」


 短く答えると、彼は私の手を離した。


 ウェイド……やっぱり優しいな。

 駄目なのに、どんどん好きになってしまう。


 儀式は緊張する。けど……

 もうすぐ終わるこの旅の、甘くて切ない思い出として。

 一生忘れることがないよう、しっかり胸に刻み込んでおこう。


 そんな決意をした直後、司祭様に、舞台へ上がるよう声をかけられた。

 私とウェイドは、一度目を合わせると……

 いよいよ、『豊穣祈願の儀式』へと向かった。




 ――女神エルフィネラを祀った祭壇。

 そこに、小さな盃と御神酒が置かれている。

 私たちはそれを交互に注ぎ……

 盃を交換し、静かに飲み干した。


 続けて、今年収穫した豆の粒を手に取る。

 私が差し出すと、ウェイドは少し屈み、目を伏せ、口を開けた。

 その仕草にドキッとしながら、私は彼に食べさせた。

 そして、今度は私が口を開け、食べさせてもらい……


 次は、祝詞(のりと)の口上。

 ウェイドは聴衆の前へ一歩踏み出すと、低く威厳のある声で言った。


「霊峰ウーテアより流れる川よ。我、芽吹の乙女との婚姻をここに誓わん。願わくば、この地が未来永劫、豊穣なる実りに恵まれんことを」


 それを聞き届け、今度は私が前に出る。

 一斉に注がれる、数百もの視線。

 緊張で、胃が竦みそうになるけれど……

 ウェイドも緊張していることを思い出し、すうっと息を吸い込んだ。


「ラグリスの豊かなる大地よ。我、この者の妻となり、助くることをここに誓わん。願わくば、この地が未来永劫、森と共に栄えんことを」


 言えた。ちゃんと、真っ直ぐに祝詞を捧げることができた。

 そのことに、ほっと息を吐いたのも束の間。


「では――誓いの口付けを」


 司祭様の声に、私は再び緊張する。

 そうだ……ここが、一番の正念場。

 ウェイドと……口付けをするフリをする。


 顔を傾け、聴衆から唇が触れていないことを隠せばいいって司祭様は言っていたけれど……

 それにしたって、キスしているように見せるためには顔を近付けないといけないわけで……


「っ…………」


 強張りそうな身体を無理やり動かし、私はウェイドと向き合う。

 互いに一歩近付き、見つめ合い……彼の両手が、私の肩に優しく置かれた。



 松明の炎を映す、ウェイドの瞳。

 縦長の瞳孔も、蜂蜜を溶かしたようなその色も、本当に綺麗で……

 見つめられるだけで、好きの気持ちが溢れ出す。


 胸の高鳴りを抑え込むように、私はきゅっと唇を結ぶ。

 ウェイドは、意を決したように眉を引き締めると……

 ゆっくりと、顔を近付けてきた。


 

 ドクン、ドクンとこだまする、私の鼓動。

 彼の匂いが、体温が、徐々に近付いてくる。


 ふと、肩に置かれていた彼の手が、私の頬を包んだ。

 驚いて目を見開くと、彼は目を細め、



「――テスティア。俺は…………」



 と、何かを言いかける。

 その切なげな表情に戸惑っていると、彼はそのまま近付き……


(え……もしかして、このまま……本当に、キスを……?)


 そんなはずはない。

 けど、ウェイドに止まる様子はない。


 なんで? どうして?

 今、なんて言おうとしたの?


 わからない。

 けど、一つだけ、確かなことは――



(私……やっぱり、ウェイドのことが好き。だから……偽りでもいいから…………このまま、キスしてほしい)



 そんなことを、本気で思いながら……

 彼に身を委ねるように、そっと瞼を閉じた――

 

 ――その時。




「たっ……大変だ!!」



 儀式の会場に、悲鳴のような声が響き渡った。


 ハッと目を開けると、通りの向こうから、あの守衛さんが駆け込んで来た。

 彼は、鬼気迫る表情で会場を見回すと、



「クマだ……人食いグマが現れた……!!」



 真っ青な顔で、そう叫んだ。



 

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