38. 新郎と新婦
――儀式の代役を務めることになった私たちは、守衛さんの案内で街の教会を訪れた。
豊穣の女神・エルフィネラを祀った教会で、お祭りの運営本部にもなっているらしい。
儀式の進行役である司祭様――白髪の上品な高齢女性に私たちを引き渡すと、守衛さんは「じゃっ」と去って行った。
神聖な百合の香りと、ステンドグラスの温かな光が満ちる礼拝堂で、私とウェイドは儀式の手順を司祭様から聞いた。
まず、女神役の女性――つまり私と、農夫役の男性――ウェイドが、互いの盃に御神酒を注ぐ。そして、それを飲み干す。
フィンブルグ王国では十八歳から飲酒が認められているが……十八歳になったばかりの私は、お酒を飲んだことがなかった。でも、量は多くないはずだし、ここは頑張って飲むしかない。
次に、その年に収穫された豆を一粒ずつ、互いに食べさせ合う。
最後に、短い祝詞を述べた後――
永遠に夫婦であることを誓う口付けをするのだ。
(くっ、口付け……?!)
ぼっ、と頭を沸騰させると、司祭様が慌てて「フリで構わないですよ」と補足してくれた。
よかった……本当にしなきゃいけないならどうしようかと思った。
「――以上が儀式の流れです。お引き受けいただけますか?」
司祭様に尋ねられ、私はおずおずと答える。
「は、はい。私は大丈夫ですけど……」
言いながら、隣に座るウェイドの様子を窺う。
彼は、真っ直ぐに司祭様を見据え、
「引き受けよう」
と、びっくりするくらい迷いなく答えた。
* * * *
(――ウェイドが二つ返事で引き受けるなんて……ちょっと意外だった)
教会のシスターさんに儀式の身支度をしてもらいながら、私は考える。
時短重視の効率主義者だから、旅に無益な儀式への協力には難色を示すものだと思っていたけれど……
(やっぱり、困っている人を放っておけない、優しい人なんだなぁ……)
……なんて、ウェイドのことをぼんやり考えていると、
『違う違う。アイツは別の意味で「時短になる」と思って引き受けたのよ。儀式を利用すれば最短で最大の効果を発揮できるかもしれない、ってね』
ドレッサーの鏡の上に留まるピノが、そんなことを言った。
私は慌てて小声で返す。
「ちょっと、勝手に頭の中読まないでよ! っていうか何の話?」
『さぁねぇ。ま、アイツのお手並み拝見、ってトコロかしら』
ピノの意図がまったく見えず、首を傾げていると……
「はい、終わりましたよ」
衣装の着付けをしてくれていたシスターさんが、そう言った。
儀式に必要な身支度が、すべて整ったようだ。
「わぁ……」
鏡に映る自分の姿に、思わず声を上げる。
真っ白な絹のドレスワンピースに、麻で織ったベルト。
蛍石をあしらったネックレスとイヤリング。
編み込んで結い上げた髪。
そして、少し大人びた雰囲気のメイク。
なんだか自分じゃないみたいで、私は鏡の前でくるりと回ってみせた。
「とってもお綺麗ですよ。髪も艶々で、何より美人さんなので、お化粧の腕が鳴りました」
『うんうん! すっごく綺麗よ、テス! 本物の女神サマみたい!』
「そ、そんな……褒めすぎですよ」
シスターさんとピノに褒められ、慌てて手を振る私。
シスターさんはにこっと笑うと、
「さぁ、新郎役のウェイド様がお待ちですよ。どうぞこちらへ」
そう言って、メイク室の扉を開けた。
そっか……ウェイドも衣装に着替えたんだ。
私はドキドキしながら、礼拝堂へ繋がる扉を潜った。
すると……
ウェイドが、長椅子に座っているのが見えた。
裾の長い、詰襟の衣装。私と同じ絹製で、金色の刺繍が施されている。
胸元には、先ほど私が付けたお花の勲章。
髪もいつもと分け目を変えて、きちっとセットされていた。
つまり、要約すると……
(か、かっここいい……っ! ジーク様というより、おとぎ話の王子様みたい……!!)
あまりのかっこよさに見惚れてしまい、扉の前で立ち尽くしていると……
私に気付いたウェイドが立ち上がり、こちらへ近付いて来た。
そして、私の姿をじっと眺め……
……そのまま、動かなくなった。
…………え??
「う……ウェイド……?」
目の前で見るとますますかっこよくて、私は緊張しながら声をかける。
すると、彼はハッとなり、口元を押さえて、
「す、すまない。君が綺麗すぎて……つい見惚れていた」
目を逸らしながら、そう言った。
その照れたような言葉に、私は息を止める。
今の……聞き間違いじゃないよね?
ウェイドに、「綺麗」って言ってもらえるなんて……
嬉しすぎて、全身が蒸発しちゃいそう……っ。
「う、ウェイドも、その……いつも以上にかっこよくて、すごく素敵です……」
俯きながらもなんとか伝えるが……
お互い目を合わせることができず、何だか変な空気になってしまう。
すると、そんな私たちを見ていた司祭様とシスターさんが、
「もうこのまま、本物の結婚式しちゃいましょうか」
「そうですね」
『さんせー!!』
「ちょっ……ピノまで?!」
にこにこ笑う二人と一羽に、私は声を荒らげた。




