35. 収穫祭がはじまる
「えっ……お祭りに、ですか?」
――翌朝。
宿の一階にある食堂で、私は向かいに座るウェイドに聞き返した。
彼はナイフとフォークを動かしながら頷き、
「あぁ。せっかくの機会だ、見て回ろう」
そう答え、厚切りのハムをばくっと頬張った。
ウーテア山を臨む街・ラグリス。
ここでお祭りが開かれるという話は、昨晩守衛さんから聞いていたけれど……
(まさかウェイドの方からお祭りへ誘ってくれるなんて……てっきり、そういう催し物には興味がないのだと思っていた)
トーストを齧りながら、私は意外に思う。
同時に、嬉しくもあった。お祭りというものに参加したことはないし、ウェイドと見て回れたらどれだけ幸せだろうと思っていたから……
(……って、彼への気持ちは諦めるって決めたんだから、こんなに喜んじゃダメ! それに、娯楽目的じゃなく正当な理由があっての提案に違いないんだから。例えば……)
――ぽん。
と、私は手を打ち、彼にこう返す。
「なるほど。昨晩、落石事故を起こそうとした犯人は未だ逃走中ですもんね。お祭りには人がたくさん集まるし、聞き込みにはもってこいです。さっすがウェイド、効率的な作戦ですね!」
そうだ。聞き込みをするために違いない。
そう結論付け、笑顔で言ってみるが……
ウェイドは食事の手を止め、何度かまばたきをすると、
「……いや。単に俺が、君と祭りを回りたいだけだ」
なんて、真っ直ぐに見つめながら言うので……
私は、顔が火照るのを感じる。
「え……それが理由ですか?」
「そうだ。……嫌だったか?」
「と、とんでもない! 私も、その……ウェイドと一緒に、お祭りを見たいなぁって、思っていました……」
最後はごにょごにょと尻すぼみになってしまったけれど、私はなんとかそう答えた。
するとウェイドは、ほっとしたように表情を緩め、
「そうか。なら、朝食を終えたら外へ出よう」
「は、はいっ。よろしく、お願いします」
無駄に畏まった挨拶をする私に、ウェイドは小さく微笑むと、食事を再開した。
うそ……ウェイドも、私とお祭りを回りたいって思ってくれていたの……?
せっかく諦めようとしているのに……これじゃあ、好きな気持ちが止まらなくなっちゃうよ……!
胸を締め付ける甘酸っぱいときめきに、スカートの裾をぎゅっと握っていると、
『むふふ……よかったわね、テス。お祭りデートが決まって』
と、テーブルの端に留まるピノが、揶揄うように言ってきた。
私はますます顔を熱くし、ピノを睨み付ける。
しかし彼女は、機嫌良さそうにテーブルを跳ねて、
『ところで……そのトースト、食べないならアタシにちょうだいよ。早くしないと冷めちゃうわ』
「い、今から食べるのっ。ピノには"つぶつぶ"あげたでしょ?!」
くちばしで今にもつつきそうなピノから取り上げるように、私は慌ててトーストを持ち上げた。
* * * *
――朝日に照らされたラグリスの街は、華やかに飾り付けられていた。
商店の屋根と屋根を繋ぐ色とりどりの三角旗。
街灯の柱や店先に掲げられた鮮やかな花輪。
そして、リボンで結ばれた麦の穂束があちこちに飾られている。
宿の人に聞いた話によると、この一年の作物の実りへの感謝と、次の一年に向けた豊作への祈念を捧げるお祭りなのだという。
メイン通りの両端には様々な出店が並び、焼いた野菜や大きなお鍋で煮込んだスープ、小麦粉を使った焼き菓子など、収穫を祝う食べ物がたくさん売られていた。
「わぁ、すごい……!」
「まだ昼前だが、賑わっているな」
感嘆する私に、ウェイドが言う。彼の言葉通り、出店の周りは多くの人で賑わっていた。
「おいしそうなものがたくさん……! うぅ、こんなことなら朝ごはんを控えておくんでした……」
「そうか。俺は全然食べられるが」
「すごっ! あんなに分厚いハムを食べたのに?!」
「あれくらいは朝飯前だ。昨日の晩、ほとんど食べていなかったからな。まだまだ腹が減っている」
「おぉ……じゃあ、ウェイドが食べたいものを片っ端から買いましょう!」
「いや、君が選んでくれ」
「え? でも、私はそんなに食べられないかと……」
「腹が膨れないよう、食べたいものを一口だけ食べればいいだろう。残った分は俺が食べる」
そっ……そんなワガママが許されるのか……?
と、申し訳ない気持ちに戸惑うけれど、
「ほら、早くしないと売り切れる。行くぞ」
そう言って、ウェイドが手を引くので……
私はドキドキしながら、賑わうお祭りの中へと足を踏み出した。




