34. 虚構じゃなくて
顔のすぐ横に着いた彼の手が、ギシッとベッドを軋ませる。
私に覆い被さるようにして、顔を近付けるウェイド。
突然のことに、心臓が限界まで高鳴って……口から飛び出そうになる。
「……やはり、君は勘違いをしている」
鼻と鼻が触れてしまいそうな距離で、ウェイドが囁く。
「俺に、男としての欲求がないと思っているのか? それとも……自分には襲われるほどの魅力がないと思い込んでいる?」
「っ……」
「だとすれば……それは、どちらも大きな間違いだ」
それって……
と、深く考える前に、彼は私の耳に唇を近付け、
「――俺は、君が思うほど清廉な人間ではないし……理性にも限界がある」
低く、切ない声で、そう言った。
頭がクラクラして、ドキドキが煩くて……
思考と視界が、ぐるぐると回りだす。
あり得ない。
だって、ウェイドは私になんか興味がないはずで……
色事にも、まるで関心がないはずなのに……
あれ? でも、それって……
ウェイドに重ねていた、ジーク様への解釈?
……そうだ。
ウェイドは、作られた虚構なんかじゃなくて……
今、目の前に存在している――生身の男性。
「…………っ」
この状況の深刻さをようやく正しく理解し、私は身体を強張らせる。
どうしよう……ウェイドのことは好きだけど、でも……でも……!
耳にかかる彼の吐息。
私よりもずっと大きな身体に覆い被され、動けない。
何の覚悟も決まらないまま、瞼をぎゅっと閉じた……その時。
「……わかったか?」
鼓膜に響く、ハッキリとした声。
思わず目を開け、「へっ?」と聞き返すと……
ウェイドが、私の目を覗き込み、もう一度言う。
「だから。無自覚に男を煽るなと忠告しているんだ。わかったか?」
それは、無用心な妹を諭す兄のような口調で……
私は、暫し呆けてから、
「は……はいっ。すみませんでした!」
素っ頓狂な声で、そう答えた。
それを聞くと、ウェイドは何も言わずに私から離れ……
また、ソファーの上に横になった。
び……びっくりした……ただの忠告だったんだ。
確かに、男性をベッドに誘うなんて、女としての警戒心がなさすぎた。
相手がウェイドだったから良かったものの、善人のフリをした悪人だったら……
……いや。今の忠告は、ウェイドのことも信用しすぎるな、っていう意味だったよね?
『俺に、男としての欲求がないと思っているのか? それとも……自分には襲われるほどの魅力がないと思い込んでいる?』
『だとすれば……それは、どちらも大きな間違いだ』
なんか……あらためて思い返すと、結構すごいコト言われてない!?
ベッドの上に座り込んだまま、熱くなった頬を押さえていると、
「……どうした。早く寝ろ」
と、ウェイドがソファーの上から、ぴしゃりと言った。
私は「はいっ」と答え、慌ててベッドに潜り込んだ。
「…………」
「…………あの……」
「……なんだ」
「ウェイドって……妹さんがいたりします?」
「……何故そう思う」
「いや、だって……面倒見が良いし、今みたいに窘めてくれたりするし……年下の女性の扱いに慣れているのかな、って」
「………………」
「……あっ。もしかして、年下の婚約者さんがいるんですか? それで、いろいろと気遣いが上手で……」
「俺に婚約者はいないし、いるのは変わり者の姉だけだ」
不機嫌そうな声で遮られ、私は口を噤む。
あう、またやってしまった……悪くなった空気に耐え切れず、余計なことをペラペラと……
……でも。
(ウェイド、婚約者いないんだ……それは、なんというか……ちょっと嬉しいかも)
なんて、自己嫌悪と少しの嬉しさに口を閉ざしていると、
「……君は、俺を……兄のようだと思っているのか?」
と……
ウェイドが、言葉に迷うような口調で尋ねてきた。
思いがけない質問をくらい、私は戸惑う。
当然、ウェイドのことを兄扱いしたことはない。先ほどの諭し方がお兄ちゃんっぽいと感じただけで……
でも、だからといって、「異性として意識している」なんて言えない。
そんな風に答えれば……彼を困らせるに決まっているから。
だから、私は……
わざと明るい口調に努めて、
「そ、そうですね。頼りがいのある、優しいお兄ちゃんって感じかも。あ、あはは……」
そんな風に答えた。
私の下手な笑い声がしばらく響くも、ウェイドは何も言わない。
あ……あれ?
これも不正解だった?
不快にさせてしまったのではと、慌てて撤回しようとする……と、
「……そうか」
ウェイドは、ソファーを軋ませながら、私に背を向けるように寝返り、
「……俺は、君を妹扱いしたつもりは一度もない」
「え……?」
「『優しい兄』か……やはり、もっと冷たくて無関心な男の方が良いか?」
なんて、呟くように言うので……
私は耳を疑い、「ふぇっ?!」と声を上げる。
しかしウェイドは、こちらを振り返らないまま、
「……なんでもない。忘れてくれ。おやすみ」
とだけ言って……それ以上、何も言わなかった。
私は混乱しっぱなしで、鼓動も高まりっぱなしだけれど……
その言葉の意味を尋ねたって、もう答えてはくれないだろうから、
「お……おやすみなさい」
そう返し、毛布に潜り……無理やり、瞼を閉じた。




