32. ラグリスの街
(ど……どうしよおぉぉ……っ)
イワウラツバメたちの洞窟を出て、次の街を目指し、深夜の街道を歩く私は……
自覚してしまったウェイドへの想いに、動揺しまくっていた。
……こんなはずじゃなかった。
最初は、推しキャラのジーク様に似ているからって舞い上がっていただけなのに……
ウェイドの無愛想な中にある優しさと思いやりに、どうしようもなく惹かれてしまった。
あとあと、誠実で真っ直ぐなところも素敵だし、名家の跡取りとして努力する姿勢もすごく尊敬できるし、殺気を放ちながら悪人と戦う剣士モードも超かっこいいし、お肉をもりもり食べるところもワイルドで推せるし……!
どうしよう。自覚した途端、『好き』が止まらないっ!!
……と、ひとしきり脳内で荒ぶったのち。
はたと、冷静になる。
……駄目だ。
これ以上、想いを募らせないようにしなくちゃ。
だって、これは……実るはずのない恋だから。
ウェイドは、国王直属の<星詠みの眼>である公爵家の次期当主。
片や私は、貴族社会において孤立無援な伯爵家の野生児令嬢。
どう転んでも、結ばれるはずがない。
たまたま利害が一致したから、こうして行動を共にしているだけで……
『星詠みの儀』が終われば何の接点もなくなる、今だけの関係性だ。
だから……思い上がるな、テスティア。
ウェイドは確かに優しいけれど、それは私だけに特別なわけじゃない。
女性の扱いにも慣れているし、年齢的にも立場的にも、婚約者がいたっておかしくないんだから。
これ以上、好きになってはいけない。
でないと……
間違いなく、傷付くことになるから。
「………………」
ふぅ……と、私は小さく息を吐き、心を落ち着かせる。
よし。この想いは、胸の奥にしまっておこう。
そう言い聞かせながら歩いていると、いつの間にか目的の街に辿り着いていた。
ウーテア山を臨む街――ラグリス。
農業地帯に囲まれた、野菜や穀物の流通が盛んな街だ。
まだ夜明け前ということもあり、空気がキンと冷え込んでいる。ウーテア山が近いせいもあるだろう。
寒さに身を縮こませながら、私はウェイドに続いて街の門を潜った。
と、槍を構える守衛さんが、ウェイドを見るなり駆け寄って来て、こう言った。
「ロッシュ……! やっと帰って来たのか! 祭りは明日……いや、もう今日だぞ?! 大丈夫なのか?!」
よくわからないことを捲し立てられ、私とウェイドは足を止める。
ロッシュ……?
どうやら人違いをしているみたいだけれど……
そのことを指摘する前に、守衛さんがウェイドの顔をまじまじと見つめ、
「んん? もしかして、ロッシュじゃない……? これは失礼しました! 暗かったもので、つい人違いを……」
と、敬礼をしながら謝罪した。
ウェイドはまるで気に留めることなく、何も言わずにスタスタと門を潜った。
代わりに私がぺこっと頭を下げ、守衛さんの前を通り過ぎた。
(やっぱり人違いだったんだ。それにしても、今日はお祭りがあるって言ってたけど……どんなお祭りなんだろう?)
歩きながら街の中を見回すと、通りが花やリボンで装飾されていた。真夜中なので細かいところまでは見えないけれど、きっと華やかなお祭りなのだろう。
(いいなぁ……引きこもっていたせいで、街のお祭りには参加したことがないし……起きたらウェイドと一緒に回ってみたいな)
そこまで考えたところで、私は慌てて首を振る。
(だ、だめだめっ。ウェイドへの気持ちは諦めなきゃいけないんだから。そんなデートみたいなことしたら、自分の首を絞めるだけ!)
そして、階段を登りながら、ぐっと拳を握りしめる。
(いい? 今一度、ビジネスライクな距離感を徹底するのよ、テスティア。明日は起きたらすぐにウーテア山へ向けて出発! ウェイドだって、お祭りになんて興味あるはずないんだから!)
よし! と、一人頷き、パッと顔を上げると……
いつの間にか、見知らぬ部屋の扉の前に立っていた。
「あ……あれっ?」
「ん、どうした」
「ここって……」
「宿屋の二階だ。今、受付で鍵を渡されただろう」
し、しまった。考え事に集中するあまり、いつの間にかウェイドが宿屋を確保してくれていた……!
「す、すみません。ちょっとぼーっとしていて……ここが私の部屋ですか?」
「あぁ、そうだ」
「ありがとうございます。では、おやすみなさい」
「ん? 何を言っている?」
ウェイドに聞き返され、私は「へっ?」と声を上げる。
ウェイドは鍵を回し、扉を開けると……
大きなベッドが一つだけある部屋の中で、こちらを振り返り、
「ここは君の部屋であり、俺の部屋でもある。取ったのは、この一部屋だけだからな」
……と、さも当たり前のように言ってのけるので。
私は、全身をわなわなと震わせて……
「は……はぁぁああああっ?!」
絶叫を、廊下に轟かせた。
それに、ウェイドは小さく首を傾げる。
「何を驚いている? 先ほど受付で部屋を取るところを見ていただろう?」
「ぼーっとしていて全然聞いていなかったです! っていうか、何でまた同室?!」
「決まっているだろう。その方が君を護衛しやすいからだ」
「も、もう一人で眠れるので大丈夫です! ちょっと受付に行って、別の部屋を借りてきます!」
せっかくビジネスライクに徹しようと決めたのに、また同じベッドで眠るなんて……ガチ恋距離にも程がある!!
私は意を決し、一階の受付へ向かおうとするが……
「――待て」
ぐいっ――と、ウェイドに手を引かれ……
そのまま、部屋の中に引き込まれた。
後ろで、扉がパタンと閉まる。
驚く私を、ウェイドはじっと見下ろし、
「……行くな」
ぎゅっ……と、握った手に力を込めながら、言う。
途端に、加速し始める私の鼓動。
(こんなに強引に引き留めるなんて……一体、何を言うつもり……?)
ドキドキしながら、ウェイドの言葉を待っていると……
彼は、いつもの平坦な口調で……こう言った。
「行っても無駄だ。何故なら――この部屋以外はすべて客で埋まっていると言われた。今夜は、この部屋に泊まるしかない」
「な……」
じゃあ、護衛云々の前に……
物理的に、同室になるしかないってこと……?!
呆然と口を開ける私に、ウェイドは手をそっと離し、
「二日ぶりの風呂だ。先に入って、ゆっくり温まるといい。俺は飲み物を買ってくる」
そう言って、部屋から出て行った。
未だ困惑したままの私の肩で、ピノが『やれやれ』と首を振った。




