4. 突き付けられた予見
* * * *
――そんな、冷め切った婚約関係だったけれども。
この結婚でアスティラルダ家が救われるのなら、喜んで受けようと思っていた。
それなのに……
今、私の目の前で、その婚約者サマが、私の従姉妹の肩を抱きながら、婚約破棄を高らかに宣言したわけです。
……はて?
「えっと……すみません。もう一度うかがってもよろしいですか?」
自分でも目が点になっているのがわかる。パーティーの主役だからと綺麗にセットしてもらった髪までもが、びよよんと乱れた気がする。
戸惑う私およびパーティーの貴賓たちの注目を一身に集め、ディオニス様は、私のアンコールに素直に応じた。
「テスティア・アイリス・アスティラルダ! <星詠みの眼>である僕の予見によれば、君は竜に唆され、竜の妻となる! そして、我がベルジック家を破滅へと導く存在になる! よって、君との婚約は今日をもって破棄する!」
すごい。一言一句同じセリフで言い直してくれた。
なんて他人事のように感心していると、広間の中央にいるお父様が声を荒らげた。
「テスティアが、ベルジック家を破滅へ……? 一体どういうことだ?!」
鬼気迫るお父様の問いかけに、しかしディオニス様は鼻を鳴らし、
「ふん、そのままの意味だ。貴殿の一人娘であるテスティア嬢は、近い将来、竜に心を奪われる。そして、その竜と結託し、ベルジック家に牙を向く……僕にはそのような未来が見えた」
そして、従姉妹のアンシア――私より一つ歳下で、金色の巻き髪が美しい少女――をぐいっと抱き寄せ、
「よって、テスティア嬢との婚約は破棄し……代わりに、このアンシア・マリッサ・アスティラルダ嬢との婚約をここに宣言する。彼女のお父上も既に了承済みだ」
言いながら、パーティー会場の奥に目を向ける。そこには、白髪混じりの初老の男性――アンシアの父であり、私の叔父であるアドワーズが、不敵な笑みを浮かべていた。
「そんな……アドワーズ、どうして……!」
震えるお父様の声を聞きながら、私は悟る。
お父様の弟・アドワーズ叔父様は、野心に満ちた人だった。
表面上の兄弟仲は悪くなかったが、きっとアスティラルダ家当主の座をお父様から奪う機をずっと狙っていたのだろう。
私にまつわる良くない予見が出たことを知り、私もろともお父様を追放する計画を思いついた。
そして、自分の娘をディオニス様と結婚させることで地位を奪おうとしている……大方、そんな筋書きだろう。
立ちすくむ私の周りで、パーティーに招いた貴賓たちがヒソヒソと囁き合う。
「竜に唆されるだなんて……やはり獣に心を奪われた野蛮な娘なんだわ」
「近ごろ頻発している獣による被害も、テスティアが操っていたのでは……?」
「こんな一家、さっさと追放するべきね……」
それらを聞き、私は……「ほらね」と思う。
今日は、私の誕生日パーティー。
招かれた貴族たちは、みな笑顔で「おめでとう」と言う。
でも、私の誕生を心から祝う人は一人もいない。
獣に心を奪われた、野蛮な娘だから。
みんなそうだった。
私に近付く人は、もれなく偽りの仮面を付けている。
優しいんじゃない。腫れ物に触れているだけ。
それはいい。
私のことは、いくらでも蔑んでくれて構わない。
けど……
私のせいで、お父様まで不幸になることだけは、耐えられない。
私は、ドレスの裾をぎゅっと掴む。
涙は出ない。けど、気付いたら、唇を痛いくらいに噛み締めていた。
(また、私のせいで……ごめんなさい、お父様)
止まない嘲笑と、侮蔑の視線。
その中心で、私は思う。
嗚呼、こんなことなら。
初めから、生まれてこなければ――
――と、そんな思考を遮るように、
「――その予見に、信憑性はあるのか?」
……という、ハッキリとした声が響いた。
やけに通る声だった。
森の奥から聞こえる狼の歌のように低く、真っ直ぐな声。
声の主は、いつの間にか私の横に立っていた。
その人を見上げ、私は……はっとなる。
艶やかな黒髪に、逞しい長身。
凛々しい眉に、琥珀色の鋭い眼。
醸し出される気高さと威圧感は、まるでアンブルウルフのようだ。
そんな、威厳を感じさせる青年がそこに立ち……
ディオニス様を、正面から見つめていた。




