28. 大切な人
――少しもしない内に、木々の向こうに建物が見えてきた。
丸太を組み合わせて造られた、小さなログハウスだ。イワウラツバメが言っていた『人間の巣』は、これのことだろう。
「君はここにいろ。中の様子を見てくる」
そう言うと、ウェイドは私の手を離し、ログハウスの窓から中を覗いた。
しばらく観察したのち、「来ていいぞ」と言ってくれた。私はピノを肩に乗せ、彼の元へ駆け寄った。
「採掘道具が僅かに残されているだけで、人が住んでいる様子はない。やはり、採掘の作業員の休憩小屋だったのだろう」
言いながら、彼はドアに手をかける。ギィという錆び付いた音を立てながら、扉が開いた。
二人でそっと中を覗くと、質素な小屋の全貌が見えた。テーブルに椅子、簡易的なベッド、壁に立てかけられたツルハシやハンマー……どれも埃を被っており、長年使われていないことがわかった。
「……人が来た形跡はないな」
床に降り積もった埃を見て、ウェイドが言う。確かに、人が立ち入った際に付くであろう足跡は見られなかった。
「……これから、どうします?」
ウェイドを見上げ、私が問う。
犯人たちを先回りすることには成功したけれど、ここから先どう動けばいいのか、具体的には考えていなかった。
犯人たちは、あの坑道で竜華結晶の残りを探すつもりなのかもしれない。
もし、アンブルウルフの時のように爆薬を使われたら……落石が起こるだけではなく、イワウラツバメたちの巣も塞がれてしまうだろう。それだけは、なんとしても避けたい。
私の問いに、ウェイドは暫し考え込み、
「これだけ森が広いと、犯人たちがどこから現れるのか予測するのは難しい。可能であれば、動物たちの目を借りて、奴らの出現をいち早く察知したいところだ」
「なるほど……鳥やリスにお願いして、不審な人間を見つけ次第、報せてもらえばいいんですね」
「そうだ。頼めるか?」
「もちろんです! ピノも……」
『わかってるわよ。そこいらを飛び回っている連中に声をかけてくるわ』
言うが早いか、ピノは肩から飛び立ち、木々の向こうへと消えていった。
――私はウェイドと共に森を歩き、動物たちに声をかけて回った。
そして、犯人たちが現れたらすぐに報せを受けられるよう、ログハウスで待機した。
中にあった椅子を外に出して座っていると、ピノが帰って来た。全員が揃ったところで、私たちはお昼ご飯を食べた。
数時間後――
太陽が西に傾き始めた頃。
動物たちからの報せを待ち、無言で座っていたウェイドが、突然口を開いた。
「……行こう」
「へっ? 行くって、どこに?」
「次の街だ。もう日が暮れる。君は宿に泊まって休め。君を送った後、俺はこの場所に戻り、見張りを続ける」
あまりに急で一方的な提案に、私は立ち上がって抗議する。
「だ、駄目ですよ。私も残ります!」
「いや、君は安全な場所で休め。昨晩もロクに眠れていないだろう」
「それを言うならウェイドだって、一睡もしていないじゃないですか! それに、私がいなきゃ動物からの報せを聞き取ることができないんですよ?!」
「しかし、例の犯人たちが暴力的な手段を講じないとも限らない。昼ならまだしも、夜になるとより危険だ。君に危害が及ばないよう、ここは別行動を取った方が……」
「だったらなおのこと、ウェイドを一人になんかできないですよ! あなたにもしものことがあったら、私どうしたらいいか……!」
……と、私が言いかけると、ウェイドは珍しく驚いたように目を開く。
「……俺に危険が及ぶと、君に何か不利益が生じるのか?」
「利害の問題じゃありません! 心配しているんです!」
「心配? 何故?」
「そんなの……ウェイドのことが大切だからに決まっているじゃないですか!!」
という、自分の声にハッとなり……
私は、慌てて口を噤んだ。
なんか今、勢いに任せてすごく恥ずかしいことを言っちゃった気がする……!
かぁっと顔を熱くする私の正面で、ウェイドは……
まるで、時が止まったように、固まっていた。
ど、どうしよう……
急に変なことを言ったから、反応に困っているのかも……!!
「そのっ、変な意味じゃなくて……! ウェイドは私のこと、いつも助けてくれるじゃないですか! だから私も、お返ししたいというか……少しでも力になりたいというか!」
言いながら、どんどん目が回っていく。
私ってば、さっきから何を口走っているのだろう?
こんなまとまらない言い訳をするよりも、いま一番伝えたいことは……!
「とにかくっ、ウェイドが危険な目に遭うのは嫌なんです! 私一人で街の宿屋に泊まっても、心配で絶対に眠れません! 私を寝不足にしたくないのなら、一緒にいさせてください!!」
目をぎゅっと瞑り、ヤケクソ気味に叫んだ。
……って、結局おかしなこと言ってない?!
どうしよう……また困らせたかな……?
と、目を瞑ったまま、ウェイドの反応を待っていると……
「……そうか。では、交代で眠れるよう、ベッドの埃を払ってくる」
そう、淡々と言って。
彼はログハウスの中へ、スタスタと去って行った。
……あ、あれ?
私がここに残ること、あっさり許してくれた……?
拍子抜けな反応に、目を点にして呆けていると……肩の上で一部始終を見届けていたピノが一言、こう言った。
『……アイツ、顔が真っ赤になってたわよ』
「えっ、なんで?!」
『さぁ? 直接聞いてみたら?』
「む、無理だよ、そんなの!」
揶揄うようなピノの言葉に、慌てて手を振る。
空には、夜の訪れを告げる星が輝き始めていた。




