26. 上機嫌の理由
――左手に灯したランタンを、そして、右手に私の手を握り、ウェイドは採掘跡地である洞窟を進む。
剥き出しの岩壁に、私と彼の影が映っている。
聞こえるのは二人の足音だけ。
時間も空気も閉じ込められて止まったような、閉塞感のある空間だった。
数歩先も見えないような真っ暗闇だったから、進むのが怖かったけれど……ウェイドがランタンを持っていてくれて本当によかった。
ラージウィング家のお坊ちゃまなはずなのに、こんなものまで準備しているなんて。ウェイドって、妙に旅慣れしている気がする。
っていうか……
(……手。私、ウェイドと手を繋いじゃってる……!)
もはや洞窟の暗さや狭さに対する恐怖は忘れ、『手を繋いでいる』という事実にひたすら緊張していた。
包帯を巻かれた時にも思ったけれど……なんて男性らしい大きな手だろう。私の手がすっぽりと包み込まれてしまっている。
ゴツゴツと分厚いのに、指が長くて綺麗で、すごく温かくて……ダメだ。意識すればする程、頭がおかしくなる……!!
に、握り返す力って、これぐらいでいい?
緊張しすぎて手汗かいていないよね?
あぁもう、震えているのが伝わりそう……!
男の人と手を繋いで歩くなんて初めてで……どうすればいいのかわからないよ……!!
……と、そこまで考えて。
ふと、私の脳裏に、微かな記憶が蘇る。
(あれ……? そういえば私、小さい頃に森で、男の子と手を繋いで遊んだような……)
それは、ひどくぼんやりとした、曖昧な記憶。
でも、とても楽しい思い出のような気がして……
必死に思い出そうとするけれど、靄がかかったようにぼやけてしまう。
恐らく、あの頃の辛い記憶を忘れるため、思い出さないようにしていたから……
楽しかった思い出も、記憶から消えかけているのだ。
(今の今まで忘れていたけれど、うちに男の子を招いたこともあったんだ……誰だったんだろう。交友が途絶えてしまったってことは、きっと他のご令嬢たちと同じように「危険な獣使い」だと思われて、避けられてしまったんだろうな)
なんて、内心自嘲していると……ウェイドが前を向いたまま、口を開いた。
「……大丈夫か?」
「へっ?」
「先ほどから黙り込んでいる。そんなに怖いのなら、君は洞窟の外で待っていても……」
「あ、いえ、違うんです。ちょっと考え事を……」
「考え事?」
「えっと……ウェイドって公爵家のご子息なのに、すごく旅慣れしているなぁって。ほら、ランタンとかの準備もいいし、こういう場所に踏み込むのにも躊躇いがないし……」
私の曖昧な記憶の話をしても意味がないので、苦し紛れにそう誤魔化す。
ウェイドは、やはりこちらを見ないままに答える。
「<星詠みの眼>に必要な見識を広めるため、十三歳から二年ほど、様々な地方を旅していた。慣れているように見えるのはそのせいかもしれない」
「へぇ……それって、一人旅ですか?」
「もちろんだ」
「すご……! 私には絶対に無理です!」
「そうか? 君も伯爵令嬢にしては野外慣れしているように見えるが」
「それは……アンテローズの森で、ずっと動物たちと遊び回っていたせいです。私、人間の友達いないから」
そう言って、乾いた声で笑うと……彼は、少し間を置いて、
「……俺も、友人と呼べる者はいない。動物の友人がいるだけ、君の方がマシだろう」
な……
ウェイドって、やっぱり……友達いないんだ!!
って、つい失礼なことを思ってしまった! あまりに解釈一致すぎて!!
けど……これ、なんて返すのが正解なんだろう?
共感するのも、励ますのも違うだろうし……えっと、えっと……
「じゃ……じゃあ、私がウェイドの初めてのお友達になっちゃおうかなぁ! 一緒に眠ったり、こうして手を繋いだりして、もうけっこう仲良しですもんね!」
なんて、声を上擦らせながら、なんとか返す。
すると……
ウェイドはピタリと足を止め、ようやく私の方を向き……こう言った。
「君は……『友人』ならば異性であっても、共寝したり手を繋いだりするのは普通のことだと、そう思っているのか?」
「ふぇっ?!」
じっと見つめながらそう問われ、私は顔を熱くする。
しまった……焦りすぎて、貞操観念疑われるようなコト言っちゃった……!?
「ち、違いますよ! 普通だとは思っていません! 本当は昨日の晩も、今だってドキドキしてて……! 婚約者のディオニスとだって手すら繋いだことなかったし、その……間違えました! ごめんなさい!!」
手を離し、深々と頭を下げる私。
うぅ、やっちゃった……つくづくコミュ障な自分が憎い……
顔を上げられず、恥ずかしさに打ちのめされていると……ウェイドは足を止めたまま、
「……ディオニスとは、何もなかったのか?」
と、呟くように言うので……
私は、驚きながら顔を上げる。
「は……はい。本当に、形だけの婚約だったので……数回会って、食事をしただけです」
「……そうか」
そう、短く返すと……
ウェイドは、私の手を再び取り、何も言わずに歩き始めた。
……え。
それ、どういう反応……?
もしかして、婚約者とすらマトモな人間関係を築けなかった私に引いてる? それとも、可哀想な奴だと思われた?!
などと、涙目になって彼を見上げていると……肩の上に留まっていたピノが、「はぁ」とため息をついて、
『もう、じれったいわね……』
そう言いながら、パタパタと飛び上がり、ウェイドの顔をしばらく見つめ……
再び私の肩に戻って来たかと思うと、こんなことを言った。
『コイツ、澄ました顔してるケド……今の話聞いて、間違いなく上機嫌になっているわよ』
へ……?
な、なんで上機嫌に……?
ピノに視線で尋ねるけれど、答えは返ってこず……
ウェイドの横顔を見上げても、相変わらず無表情にしか見えなくて……
「…………??」
私は首を傾げながら、ウェイドに手を引かれるがまま、洞窟を奥へと進んだ。




