24. 竜が遺したもの
――宿泊施設で用意された朝食を摂り、お世話になったお役人さんたちにお礼を述べ……
私たちは馬車に乗り、ベツラムの街を発った。
昨晩、私を襲った男は、引き続き取り調べを受けている。
厳しく追求しても「強盗目当て」の一点張りで、他の目的を語らないそうだ。
『――これは警告だ。これ以上、余計な真似をすれば……お前の命はない』
今も耳に残る、あの男の声。
もし本当に金銭の強奪が目的ならば、まず「金を出せ」と脅してくるはず。
なのに、あの男は違った。この襲撃は警告なのだと、はっきり宣言した。
(でも……一体、何に対する警告なの? 『余計な真似』って……狼たちを襲った犯人探しのこと? それとも、ウーテア山へ向かうこと? わからない……あの人はどうして私を狙ったの?)
ガタゴト揺れる、馬車の中。
私が考え込んでいると、ピノが肩の上にちょんと乗り、
『もー。大丈夫よ、テス。昨日の男は単独犯。アタシが朝早くにここいらを飛び回って、"夜の目"に聞いてきたから間違いないわ」
と、私を元気づけるように言った。
夜明けと共に外へ飛び立ったピノは、"夜の目"――街の周辺に暮らす"夜行性動物"たちの元を回り、怪しい人間がいなかったか聞き込んでくれたらしい。
確かに、あの男が単独犯であることには安心したけれど……それでも、胸の奥のざわめきがおさまらずにいた。
けど、このままくよくよしていたって仕方がない。
昨日のことは終わったのだ。今は、これからのことを考えなくちゃ。
「……うん。ありがとう、ピノ。おかげで安心したよ。他に共犯者がいないなら、もう不安になる必要もないもんね」
『そうそう! このコワモテが「君を狙っている輩が一人だけとは限らない」なーんて言うから怖くなっちゃったのよね。ホント、不安にさせるようなコト言わないでほしいわ!』
と、向かいに座るウェイドを睨むピノ。
私は「あはは」と苦笑いしながら……彼に目を向けた。
今朝、部屋を出た後のウェイドは、いつも通りの無口・無表情・無愛想に戻っていた。
ベッドの上では、いつもと雰囲気が違った気がするんだけど……
(……いやいや。思い出すのはやめておこう。でないと、また心臓がバクバクしちゃうから)
と、首を振り、記憶を無理やり振り払った。
はぁ……あんな妙な夢を見たのも、きっとドキドキしながら眠ったせいだ。
アンテローズの森で眠る私の額に……
大きな竜が、キスをする夢なんて。
まるで、ディオニスに突き付けられた予見を擬えているみたいで……私はこの夢のことを、ウェイドとピノに言えずにいた。
(『竜に唆され、竜の妻となる』――どう考えてもあり得ない予見だけれど……まさか、今もどこかに竜の生き残りがいるとか?)
もやもやした気持ちを払拭したくて、私はウェイドに話しかけた。
「あの……ウェイドは、竜についてどれくらい知っていますか? 私、本で見た想像図と、『大昔に存在した』っていうことくらいしか知らなくて……」
いきなり切り出すには不自然な話題だっただろうかと少し不安になるが、ウェイドは伏せていた目を開け、答えてくれた。
「俺が持つ知識も大して変わらない。数百年前まで存在していた巨大生物で、『竜魔戦争』で精霊獣と争った後、姿を消した。見た目は爬虫類に似ており、牛のような角と蝙蝠のような翼を生やしている。高い知能を持ち、人語を理解していたそうだ」
「人語を……<精霊獣使い>じゃなくても意思疎通ができていた、ということでしょうか?」
「伝承の通りなら、そうだろう。しかし、人類との交流が盛んだったかどうかは、些か怪しいと言える」
「どうしてですか?」
「竜華結晶――竜の血液が凝固してできたと云われる鉱石は、いずれも人里から離れた場所から採掘されている。ウーテア山が、その最たる例だ」
「竜華結晶って……確か、『星詠みの儀』に使われるものですよね?」
「あぁ。俺たち<星詠みの眼>は竜華結晶が持つ力を借りることで、予見の能力を増幅できる。だから、竜華結晶が最も多く眠るウーテア山に儀式の祭殿を構えたのだ」
「なるほど……そういう理由があったのですね」
ウェイドの解説に、私は納得する。
どうして王都ではなく極寒の山に祭殿を造ったのか、ずっと疑問だったけれど……竜華結晶が関係していたんだ。
頷く私に、ウェイドは……少し考えるように視線を落とし、
「実は……例の狼たちを襲った犯人は、その竜華結晶を探しているのではないかと考えている」
と、思いがけないことを口にした。
「え……?」と聞き返す私に、ウェイドは落ち着いた声で続ける。
「爆破された狼たちの巣穴から、竜華結晶の痕跡のようなものを微かに感じた。これから向かう谷にも、かつて採掘場があったと聞く。これらを結びつけた結果、この仮説が浮かんだ」
「それじゃあ……犯人たちは、<星詠みの眼>の関係者……?」
「どうだろうな。確かに<星詠みの眼>にとって竜華結晶は重要なものだが、総本山であるウーテア山に行けば能力を最大限にまで高めることができるのだから、わざわざ危険を冒してまで採掘する必要はないように思える」
「なら、犯人は<星詠みの眼>とは異なる理由で、竜華結晶を集めている……?」
「そうかもしれない。その理由が何なのかはわからないが……少なくとも商売目的ではないはずだ。宝石としての価値は無いに等しいからな」
つまり、犯人たちにとっては別の利用価値がある、ってこと……?
その利用価値について、今のところウェイドも思い当たらないみたいだ。
でも……一つだけ、確かなことがある。
私は、埋葬したアンブルウルフの遺体を思い出し、拳を握る。
「何に使うつもりなのかはわからないけれど……動物たちの住み処を破壊し、命を奪ってまで集めるなんて間違っています。次の被害が出る前に、絶対に手がかりを掴みましょう」
強い決意を込め、私は真っ直ぐに言った。
それに、ウェイドが頷き返した……その時。
馬車が、急に止まった。
ハッとなって様子を伺うと、御者さんがこちらに向かって、
「すみません。ここから先が、例の落石の予見があった場所……通行止め区域です」
そう、申し訳なさそうに言った。
私は、ウェイドと視線を交わしてから、
「大丈夫です。ここからは歩いて次の街へ向かいます。ありがとうございました」
そう言って、谷あいの街道の真ん中で、馬車を降りた。




