3. 野蛮な野生児令嬢
この能力のおかげで、私は幼い頃からずっと森の動物たちと仲が良かった。
アスティラルダ家の庭は、アンテローズの森に繋がっている。
兄弟や姉妹のいない私にとって、森は最も身近な遊び場で、動物たちは最も親しい友だった。
だけど……
その能力のせいで、私は貴族社会から浮いてしまうことになる。
お母様が亡くなって以来、部屋にこもりがちだった私に友人を作ろうと、お父様は歳の近いご令嬢を度々屋敷へ招いた。
遊びに来た彼女たちを精一杯楽しませようと、私は森へ案内し、たくさんの友達を紹介した。
それがいけなかった。
木も草も、虫も動物もいない街で育ったご令嬢たちにとって……
クマやイノシシ、イタチやヘビといった私の友達は、やや刺激が強すぎたのだ。
ちなみに、初心者にも親しみやすいウサギや小鳥もいたんだけど……そういう問題ではなかったみたい。
とにかく、野生味あふれる幼少時代の私は、同年代のご令嬢たちを見事にドン引きさせてしまい……
「あの娘は猛獣たちを使役して、私たちを襲わせるつもりなんだわ!」
……なんていう噂が広まってしまい。
そのせいで、アスティラルダ家自体が貴族社会から浮いてしまったのだ。
……いや、拍車をかけた、と言った方が正しいか。
元々、我がアスティラルダ家は、一部の貴族から白い目を向けられていた。
精霊獣は遠い昔に姿を消した。アスティラルダ家がアンテローズの森を護る義務も、この広大な領地を治める理由も、もはやない。
そんな風に考える人たちが、少なからずいたのだ。
そんな中で、凶暴な獣たちに魅入られた恐ろしい能力の持ち主(あ、私のことです)が生まれてしまったものだから、ますます不信感を向けられるようになった、というわけだった。
私は、自分を呪った。
私のせいで、お父様が……アスティラルダ家が、ますます孤立してしまった。
しかし、お父様は決して私を責めなかった。
この<精霊獣使い>の能力は、ご先祖様から受け継いだ誇り高き力なのだと……
森に危険が迫った時、民と動物を護れるのは私だけなのだと、そう言い続けてくれた。
けれど、私の罪悪感が消えることはなかった。
だから私は、これ以上アスティラルダ家の評判を落とさぬよう、自分に罰を与えるような気持ちで、他者との交流を絶った。
本の世界に入り浸り、孤独な現実を忘れた。
森の生き物たちと語らい、人間社会の煩わしさから逃げた。
ピノは、そんな生活の中で出会った一番の親友だった。
けれど、このままじゃ何も解決しない。
アスティラルダ家が置かれた現状は悪くなる一方。
向けられた疑念と悪意が膨らめば、いつか爵位と土地を剥奪されてしまうだろう。
そんな窮地に立たされた我が家に差し伸べられた、救いの手。
それが、<星詠みの眼>の一族であるベルジック公爵家からの婚姻の申し出だった。
古の能力・<精霊獣使い>の発現者である私と、有望な<星詠み>であるディオニス様が結婚すれば、より優秀な子孫を残せるかもしれない。
両家の将来を考えれば最良の婚姻であろうと、ベルジック公爵直々に提案してきたのだ。
近年、<星詠み>としての名声を上げているベルジック家と婚姻関係を結ぶことができれば、アスティラルダ家も安泰だ。
お父様に、この話を断る理由はなかった。
そうしてお会いしたディオニス様は、爽やかな笑顔の好青年だった。
貴族としての所作は完璧。女性のエスコートも抜かりなし。
でも、私にはわかった。
張り付いた笑みは本物ではないし、向けられた青い瞳は私を映していない。
優しい言葉にも、高価な贈り物にも、心はこもっていない。
当たり前だ。これは、政略結婚なのだから。
こんな私を、心から愛してくれるわけ、ないのだから。
――そう。
だから私は、冷たい人の方が好き。
私に偽りの笑顔を向けない、愛想を振りまかない人が好き。
そういう人の方が……信用できるから。
「――ジーク様は、魅力的だよ」
私はもう一度、ピノに言う。
「だって……ジーク様は、ピノたちに似ているもん」
『はぁ? こんな冷血漢のどこがアタシに似てるのよ?』
「ピノも、森の動物も、絶対に嘘をつかない。自分をよく見せようと繕ったり、媚を売ったりしない。そんなことをするのは、人間だけ」
そして、私はピノのくちばしの下を指先でくすぐりながら、
「ジーク様は、冷たいんじゃない。"偽りのない人"なんだよ。だから……好きなの」
そう、言い聞かせるように言った。