自慢の弟(ウェイド視点⑦)
俺は、封筒を持つ手を震わせる。
そこに押されているのは、確かにアスティラルダ家の紋章……
つまり、この手紙を寄越したのは…………
「……テスティア……?」
「そ。アンタの想い人の、ね」
何気なく放たれたその一言に、俺は凍り付く。
もちろん、ソフィアにテスティアの話をしたことはない。九歳の時に森で遊んだことも、ずっと想い続けていることも……
それなのに何故、俺の気持ちを知っている……?
俺の動揺を察したのか、ソフィアは「ふふん」と鼻を鳴らし、
「アンタの想像以上に、あたしはいろんな予見を見てんのよ。アンタとテスティアちゃんが森の中でいいカンジになる予見を見たのは、十歳の時だったかしら?」
と、嫌でも納得させられる理由を突き付けてきた。
どうやら俺は、姉に十三年も前から初恋の相手を知られていたらしい。
「……弟をいたぶるネタを見つけて、さぞ気分が良いだろうな」
「何よ、人を悪魔みたいに。あたしはね――嬉しいのよ、純粋に」
先ほどまでのニヤケ顔とは違う、柔らかな笑みを浮かべるソフィア。
そして……机の上にあった『アイテール幻想記』を手に取り、パラパラと捲りながら、こう続けた。
「このジークってキャラクターはね、愛想もないし、社交性もないし、甘さもない。けど……同時に、嘘も見栄も言い訳もない、誠実で真っ直ぐな男なの。モデルにしたアンタと同じでしょ?」
「……俺が、なんだって?」
「馬鹿、褒めてんのよ。いい? 一度しか言わないから、よーく聞きなさい」
――そして。
ソフィアは、俺と同じ琥珀色の目を細め、
「予見にうなされるあたしが、この家を継がなくていいように……そして、ラージウィング家の威光が潰えないように、アンタは"眼無し"と指さされながらも、必死に頑張ってくれた。アンタは……あたしの自慢の弟よ。本当に、ありがとね」
と……俺を見つめながら、ふわりと笑った。
別に、ソフィアに感謝されたくて、ここまでやってきたわけではない。
すべては自分で決めたこと。ただ、それだけ。
しかし今、彼女に礼を述べられ、『自慢の弟』だと言われて――
今までのことがすべて報われたような、温かな気持ちになった。
……が、そんな気持ちになったのも束の間。
ソフィアはすぐにまた、ニヤニヤと笑いだす。
「そんな自慢の弟をモデルにしたキャラが、弟の想い人から激推しされるなんて、めちゃくちゃ運命的じゃない? だからあたしは、テスティアちゃんから手紙をもらう度にすんごくハッピーになるの」
「運命的? 大げさな……ただの偶然だろう」
「ううん。この世で起こる事象は、最初からすべて決まっているのよ。まるで小説の筋書きみたいにね。人はそれを『運命』と呼ぶの。そして、その『運命』を観測するのが、あたしたち<星詠みの眼>」
それは、『降眼の声』を受け続けたが故の知見か。それとも、痴れ者の戯言か。
ソフィアは、縦長の瞳孔をスッと細め、俺の瞳を覗き込み、
「あたしはもう<星詠み>から降りたけど……一つだけ、予見を授けてあげる。あんたとテスティアちゃんは、いつかまたあの森を訪れるわ。だから……その時まで、頑張りなさい」
と、囁くように言った。
こんな、夢か現実かわからないような世界に生きる変わり者の姉だが……
その予見だけは、どうにも当たる気がして。
俺は無言のまま、一度だけ頷いた。
それを満足げに眺めると、ソフィアは口の端をニッと吊り上げ、
「なんなら、『作者のお家へご招待!』と称してテスティアちゃんを呼んであげようか? あたしの大ファンだし、きっと喜んで来てくれるわよ。そんで、そのままウチに閉じ込めて無理やり結婚しちゃおうよ! くふふっ。小説のネタにもなりそうだし、我ながらナイスアイディア!」
「………………」
やはり俺は、この変人な姉のことが苦手である。




