風変わりな姉(ウェイド視点⑥)
――もし、神や運命の主というものが存在しているのなら、やはり俺は、そいつらが嫌いだ。
俺がテスティアという安らぎを見つけた途端、それを奪うのだから。
まるで、「お前に安息は不要」とでも言うように。
それから俺は、脇目も振らず鍛練に打ち込んだ。
今はテスティアに会えない。しかし、諦めたわけではない。
むしろ俺は、次なる目標を見つめていた。
アスティラルダ家は今、貴族社会の中で窮地に立たされている。
『精霊獣のいない現代において、アスティラルダ家がアンテローズの森一帯を治める理由はもはやない』
『それどころか、発現した<精霊獣使い>の能力を使って猛獣を使役するなど、危険極まりない』
『あの一族は、追放すべきだ』
そんな声が、そこかしこから聞こえてくる。
このままでは、いつか本当に爵位を剥奪されるだろう。
アスティラルダ家を建て直すには、何かしらの後ろ盾が必要だ。
……そう。
俺はまさに、その後ろ盾になろうと考えていた。
俺が<星詠みの眼>として一人前になり、ラージウィング家次期当主として世間に認められれば……
アスティラルダ家を追いやろうとする貴族たちに、圧力をかけることができるはずだ。
(テスティア。君を苦しめるものは、俺がすべて排除してやる。あの日くれた安らぎ……その恩を、君に返すために)
――俺は、<星詠みの眼>としての実力を着実に高めていった。
相変わらず『降眼の声』は降りてこない。だが、俺は他の<星詠みの眼>よりも竜華結晶との共鳴力が強いようだった。『星詠みの儀』における予見の解釈と言語化については、高い的中率を誇り……
二十歳を超える頃には、誰よりも正確な<星詠み>になっていた。
一方で、過剰な『降眼の声』に悩まされ続けていた姉のソフィアは、<星詠み>にはならず……
立派な変人へと成長していた。
「ふふ……ここで本命イケメンのリシュター公爵登場! と見せかけて、助けに来たのはなんと軟派公爵のエンリル! チャラ男が見せるレアなシリアス顔にときめくカトリーナ! でもダメっ、わたくしにはリシュター様が……! しかし、暴走した精霊獣の災いにより突然の雨が降り注ぐ! 洞窟に逃げ込む二人! そして湿った暗がりの中、水浸しのドレスをやむなく脱ぐことに……!!」
……などとブツブツ言いながら、長い黒髪を振り乱し、紙にペンを走らせているのが、今年二十三歳になる姉・ソフィアである。
降りかかる『降眼の声』に苛まれ、毎晩のように泣いていた彼女だが……
十三歳になったある日、急に吹っ切れたのか、パタリと泣かなくなった。
それどころか、自らの脳裏に降ってきた予見を元に小説を書き始め……
そのまま、作家になってしまったのだ。
「んふふっ。昨晩、洞窟で餓死する人の予見が降りてきて本当によかったぁーっ。おかげで洞窟内のジメッとした描写がありありと表現できるわぁー」
……否。吹っ切れたと言うより、頭のネジが飛んだと言った方が正しい。
幼少期から残酷な予見を見過ぎたせいか、ソフィアはすっかり倫理観のズレた狂人になってしまった。
お陰で、見てくれだけは均整の取れた黒髪美人だというのに、婚約話は悉く破談。本人も生涯独身を貫く気満々というわけだ。
今日も今日とて自室で執筆に明け暮れる彼女の背に、俺はため息混じりに投げかける。
「ソフィア。編集担当者が待ちくたびれている。いい加減、応接室に……」
「無理っ! 今いいトコロなの! 話かけないで!!」
「はぁ……なるべく早く行ってやれ。それと、担当者からこれを預かった。確かに渡したからな」
と、ソフィアが齧り付いている机の端に、一通の手紙を置く。
こんな変人が書いた小説だが、それなりに人気があるらしく、こうして時々ファンレターが届くのだ。
俺が置いた封筒を見るなり、ソフィアはピタッとペンを止め……
椅子をガタッと鳴らしながら、手紙に飛び付いた。
その勢いのまま、中の便箋に目を走らせ……嬉しそうに吐息を漏らす。
「……はぁん。いつもの『まるぴの』ちゃんだぁ。今回も熱のこもったファンレター、助かるぅー」
「……まるぴの?」
「ペンネームよ、ペンネーム。このコ、新刊が出る度にファンレターくれるの。だけど……ちょっと変わっててさぁー」
便箋をひらひらさせながら、ニヤリと笑うソフィア。
珍しくマトモな会話が続きそうなので、俺は足を留め、続きを聞くことにする。
「今書いてる『アイテール幻想記』って、いろんなタイプのイケメンが登場するんだけど、一番人気は本命公爵のリシュターってキャラなの。でも、この『まるぴの』ちゃんだけは何故か、超不人気キャラを推しているのよねー。それがもう面白くって」
「……何が面白いんだ?」
「そのキャラ、ジークっていってね。主人公である令嬢に興味ゼロ。目的のために淡々と行動する、お世辞も愛想も甘いセリフもない、クール通り越してもはや"無"みたいな、冷たーいヤツなの」
「……それが?」
「そのジークのモデル、あんたなのよ。ウェイド」
にまっ、と笑いながら放たれた言葉に、俺は顔を顰める。
この女がどんな話を書こうが知ったことではないが……勝手にキャラクターのモデルにされていたことは、些か不快だ。
「……話はそれで終わりか? なら、俺は行くが」
「まぁまぁ待ちなさいって。こっからがこの話の面白いトコロなんだから」
ソフィアは笑みを深め、俺を引き留める。
「この『まるぴの』ちゃん。本名は隠しているけれど……封筒に押された蝋印が思いっきりお家の紋章だから、どこのコなのかわかっちゃうのよねぇ」
「……何が言いたい?」
「ほら。見てよ、コレ」
と、空になった封筒を俺に差し出す。
腹立たしいニヤケ顔を一瞥してから、それを受け取り、ひっくり返す。
そして……俺は、目を見開いた。
ソフィアは、ますます笑みを深め……こう言った。
「……そう。ジークの熱烈なファンである『まるぴの』ちゃんは――アスティラルダ家の一人娘よ」




