叶わなかった再会(ウェイド視点⑤)
感情が……鼓動が揺れる感覚に、俺は言葉を失う。
こんな気持ちになるのは初めてだ。
彼女の笑顔が、言葉が、すべて愛おしくて……
もっと近付きたいと思ってしまう。
(……テスティアのこと、もっと知りたい)
俺は、声が震えそうになるのを堪えながら、
「ほ……他の動物も紹介してほしい。まだ時間はあるし……この森のこと、いろいろ教えてくれ」
平静を装い、そう言った。
――テスティアは、俺の要望に応えるべく、森の動物たちを次々に紹介してくれた。
先ほど逃げてしまったイタチやキツネやクマ。あと、ウサギやリス、トカゲやヘビまで。
彼らと仲良くなるためのコツを、テスティアは丁寧に教えてくれて……
それが上手くいき、思わず笑顔になる俺に、彼女は優しく微笑み返してくれた。
こんなにも安らげる時間は、久しぶりだった。
誰もが認める<星詠みの眼>になるため日々勉強し、剣術の修行にも励む俺には、遊ぶ暇などなかった。
……いや、時間があったとしても、気持ちを緩めることができなかった。
ラージウィング家のため、早く一人前になりたかったから。
"眼無し"と嘲笑される自分を、一日も早く卒業したかったから。
それなのに、こんなにも安らげる時間があることを知ってしまった。
貴族社会の煩わしさを忘れ、静かで平和な森の中で、動物たちと戯れる。
隣には、無邪気に笑うテスティア。
彼女の心は、純粋そのもので……その瞳は、汚れを知らない宝石のように綺麗だった。
(このままずっと、彼女とこの森にいられたら……)
なんて、らしくないことを考えてしまうくらいには……
俺は、テスティアに惹かれていた。
* * * *
――森での楽しいひと時は、あっという間に終わってしまった。
日が暮れ、森が暗闇に包まれ始めた頃、使用人が迎えに来た。
屋敷に戻り、身支度を整え……テスティアと別れる時間が訪れた。
「あ、あの……」
馬車に乗り込む直前。
俺は、見送りに来たテスティアに何か伝えようと、口を開いた。
しかし、言葉に迷った。もう時間がない。けど、伝えたいことがたくさんある。
一緒に遊べて、とても楽しかったこと。
あの森で、また一緒に遊びたいこと。
次はゲッコウミミズクを紹介してほしいこと。
木の実を繋げるアクセサリー作りの続きがしたいこと。
それが済んだら、俺の家にも遊びに来てほしいこと。
そして……
君のことが、好きになってしまったこと。
様々な思いが頭の中を駆け巡り、俺の喉を詰まらせる。
何かを言いかけたまま黙り込む俺に、テスティアは近付き……
「――楽しかったよ。また遊ぼうね!」
そう言って、愛らしい笑みを浮かべた。
俺は、胸がきゅっと締め付けられるのを感じながら、
「……あぁ。約束だ」
しっかりと頷き、そう返した。
――また、彼女に会える。
その日を楽しみに、俺は日常へと戻った。
知識と教養を身に付け、『星詠みの儀』による予見の精度を上げ、剣術を一流へと近付ける……
すべて、自分で決めた道。
辞めたいと思ったことも、辛いと思ったこともない。
けれど、『テスティアとの再会』という楽しみが、俺の信念をより強固なものにしていた。
次に会うまでに、もっと強い男になっていよう。
動物に関する知識をたくさん身に付け、もっとお喋りできるようにしよう。
そして……あの時言えなかった言葉を、彼女に伝えよう。
(そういえば……あの時、ちゃんと自己紹介していなかったな。彼女、俺の名前を知らないんじゃないか? 次に会ったら、あらためて自己紹介しなきゃな)
そんな前向きな意欲が、俺の成長を後押ししてくれた。
――そうして、数ヶ月が経ったある日。
俺は、満を持して、父に尋ねた。
「父さん。次はいつ、アスティラルダ家に行ける?」
俺の問いに、父は驚いたような顔をした。
勉学と剣術にしか興味を示さない俺の口から、そのような言葉が出るとは思わなかったのだろう。
しかし、父の表情は、すぐに残念そうなものへと変わった。
「それが……もう、行くことはできないかもしれない」
「え……」
俺の口から、掠れた声が漏れる。
父が悲痛な面持ちで続ける。
「テスティア嬢が<精霊獣使い>の発現者だということは、ウェイドも知っているね。その能力を使って、彼女は……遊びに来ていた友人たちを襲うよう、動物に命じたらしいんだ」
テスティアが、人を襲うよう、動物に命じた……?
「そんなのウソだ……テスティアがそんなことをするはずがない!!」
気付けば俺は、声を荒らげていた。
そんな俺を落ち着かせるように、父は静かに首を振り、
「もちろん、私もそう思っている。だが、その噂が原因で、彼女は周辺の貴族から糾弾され……人と会うことを辞めてしまったらしい」
「そんな……」
……デタラメだ。
テスティアの純粋さにつけ込んだ言いがかりに決まっている。
ただでさえ彼女は、母親を亡くして塞ぎがちだったというのに……
こんなくだらない噂のせいで、また独りになってしまうのか?
怒りと悔しさに、歯を軋ませる。
そんな俺を、父は悲しげに見つめ、
「特別な能力の有無に振り回されるのは、<星詠みの眼>も<精霊獣使い>も同じなのかもしれない。可哀想だが、彼女が『人に会いたくない』と言っている以上、訪ねることはできないだろう」
そう、言い聞かせるように言った。




