森の妖精(ウェイド視点②)
――フィンブルグ王国の西端に広がる、アンテローズの森。
その広大な森林と人里との境界を治めるのが、<精霊獣使い>の血族・アスティラルダ伯爵家だ。
俺は父に連れられ、アスティラルダ家に到着した。
馬車を降りた時、深い樹木の香りがする風が吹き抜けた。
空に響く鳥の囀り。そして、風に揺れる木々のざわめき。
自分が暮らす王都とは、匂いも音も違う。
そのことに目を見張りながら、俺は見上げる。
美しい花畑の向こうにあるアスティラルダ家の屋敷――蔦に覆われたその建物は、まるでお伽話の挿し絵のようだった。
屋敷の中に案内され、父と共にアスティラルダ伯爵に挨拶をした。
伯爵は、笑顔を絶やさない穏やかな男性だった。国内でも特別な立場にある貴族であるはずなのに、彼からは金や権力に対する欲望が感じられない。
(なんか……父さんと気が合いそうな人だな)
そんなことを考えていると、アスティラルダ卿は俺の前に屈み、こう言った。
「ウェイド君、はじめまして。今日はお越しいただきありがとうございます。娘のテスティアだが、今はちょうど一人で森に行っているようで。裏庭から繋がっているから、使いの者に案内させましょう」
六歳の少女が、広大なアンテローズの森に一人で?
引きこもりと聞いていたけれど……外遊びが好きな、おてんば令嬢なのだろうか?
そんなことを考えながら、俺は屋敷の使用人に連れられ、裏庭に出た。
庭と言っても、森との境目は曖昧だった。よく手入れされた花壇の向こうに柵はなく、木々が鬱蒼と生い茂っている。
「テスティアお嬢様は、あちらの木の上にいらっしゃいます」
案内役の使用人が、指を差しながら言う。
俺は、耳を疑った。木の上にいる伯爵令嬢など、聞いたことがない。
しかし、それは聞き間違いなどではなかった。
見上げた先に立つ、大きな樫の木……その上の、二股に分かれた枝の間に、彼女はいた。
愛らしい顔立ちの少女だった。
小さな身体は細く華奢で、肌は雪のように白い。
長い髪は艶々とした栗色。大きな瞳は、深い緑色をしていた。
その髪と瞳の色が、森をそのまま映しているようで……俺は思わず、こんなことを思った。
(まるで……森の妖精みたいだ)
テスティアはずっと前から俺たちが近付いて来ているのに気付いていたらしく、木の上からじっとこちらを見下ろしている。
「お嬢様。旦那様がご招待したご友人です。降りて来て、ご挨拶願います」
この使用人にとって、恐らく日常茶飯事なのだろう。平坦な口調でテスティアに呼びかけた。
テスティアは、俺の顔を見つめてから……枝に両手でぶら下がり、軽やかに地面へ着地した。水色のワンピースの裾がひらりと翻る。
そのまま、彼女は俺に近付き、
「………………」
無言のまま、俺の顔を覗き込んだ。
「では、私はこれで。お時間になったらお迎えにあがります」
困惑する俺を残し、使用人はスタスタと屋敷へ戻って行ってしまった。
……さて。この子リスのようなお嬢様に、何と挨拶すれば良いものか。
目の前にある可憐な顔を見つめ返しながら、俺が第一声に悩んでいると、
「うーん……悪い人間には見えないなぁ。あなたが来た途端、森のみんなが逃げていったんだけど……」
容姿通りの鈴が鳴るような声で、テスティアが呟いた。
「……みんなが、逃げた?」
「そう。だから、すごく怖くて悪い人が来るのかと思ったら……」
――にこっ。
と、愛らしく笑って、
「あなた、すごく優しそう。それに、琥珀色の綺麗な目……アンブルウルフに似ているね」
そう、柔らかに言った。
その笑みに、俺は思わずドキッとする。
と、テスティアが「はい」と手のひらを差し出してきた。
そこには、赤色の丸い実がいくつか乗っていた。
「……なにそれ」
「ルビーベリーだよ。私の大好物なの。美味しいから食べてみて」
いきなり木の実をもらい、俺はたじろぐが……
一粒つまんだそれを、思い切って口に投げ入れてまま。
瑞々しい果肉が弾け、甘酸っぱい味が口の中に広がる。
「……うまい」
半ば無意識にそう呟くと、テスティアは「でしょー?」と嬉しそうに笑った。




