20. 深夜の訪問者
『――テス、大丈夫? 眠れそう?』
灯りを消した、部屋の中。
枕元に留まるピノが、窺うように言った。
「うん、大丈夫だよ。ありがとう」
笑顔を浮かべ、すぐにそう返す。
ウェイドとのやり取りの後、しばらく放心していたせいで、ピノには心配をかけてしまった。
……いや、もちろんまだ心の中はザワザワしっぱなしなのだけれど。
だって……
ウェイドに理解を示したつもりだったのに、『勘違いするな』と言われてしまった。
やっぱり、烏滸がましかったのかな……怒らせちゃったのかな。
知り合ったばかりなのに、知った風な口を利くんじゃなかった。
……それにしても。
最後に顎クイして、唇撫でてきたのはなんだったの?!
あんなこと、婚約者であるディオニスにもされたことないんだけど……!
細めた目。低い声。唇に触れる指の感触……
あんな状況だったのに、なんか……なんというか……
……色っぽい熱みたいなものを感じて、ちょっと、ドキドキしてしまった。
(……って、違う! あれは『馴れ合うな』って牽制されただけ! やっぱりウェイドはジーク様に似て、他人を寄せ付けない主義なんだ。そう考えれば、ああ言われたのは解釈通り……)
……なんて、自分に言い聞かせてみるが。
胸の奥のモヤモヤは、なかなか晴れてくれなかった。
はぁ……けっこう親しくなれたと思っていたのにな。
やっぱり、人間関係って難しい。
ため息をつくとピノを心配させてしまうので、私は胸の中で深々と息を吐いた。
――そうして、眠れないまま夜が更けた。
頭の中は、ウェイドのことでいっぱいだ。
(……だめだ、いい加減もう寝なきゃ。明日からはウェイドとの距離感を改めよう。不快な気持ちにさせないよう、踏み込んだ発言はしないようにしなきゃ。レッツビジネスライク! おやすみ!!)
ガバッと毛布を被り、無理やり目を閉じる。
そのまま、心を無にしていると……
――ガタッ。
……という、物音が聞こえた。
気のせいかとも思ったが、再び『ガタガタッ』と聞こえてくる。
私は起き上がり、耳を澄ませた。
物音は、窓の外からしていた。
それは、次第に大きくなり……すぐ近くで響いたかと思うと――
窓の向こうに、真っ黒な人影が、ぬっと現れた。
「…………っ?!」
私は、声にならない悲鳴を上げる。
目を見開いたのも束の間。人影はナイフのようなもので窓ガラスを素早くくり抜く。
そうして開けた穴から手を伸ばし、窓の内鍵をあっという間に開けた。
「だっ……誰か……!!」
叫びかけた口は、すぐに塞がれた。
侵入した人影に体当たりするように覆い被され、ベッドに押さえ付けられたのだ。
そして……首に、ギラリと光るナイフを突き付けられた。
恐怖に震えながら見上げるが、黒い布で覆っているため侵入者の顔は見えない。けど……
(体格からして、男……強盗? それとも……)
暗闇の中、私はちらりと目を動かす。
ピノは声を出さないまま、どこかに逃げてくれたようだ。よかった……ピノが騒げば、私より先に酷い目に遭っていたかもしれないから。
壊れそうなくらいに暴れる心臓を全身に感じながら、私は布の向こうにある男の顔を見つめる。
男は、私の口を塞いだまま、ぐっと顔を近付けて、
「――これは警告だ。これ以上、余計な真似をすれば……お前の命はない」
……と、やはり男の声で言った。
(警告? 一体、何を……)
脳裏に浮かんだ疑問は、押し当てられたナイフの冷たさにより、恐怖に変わる。
涙が無意識に込み上げてくる。
身体の震えが止まらない。
ナイフに切られる痛みを覚悟し、ぎゅっと目を閉じた……その時。
――バンッ!
部屋のドアが開く音がした。
ハッと目を開けると……私の前から、男が消えていた。
直後、壁の方から「ダンッ」という音。
見ればウェイドが、男を壁に押し付け、剣を突き付けていた。
「う……ウェイド……」
『テス! 大丈夫?! あのコワモテが来てくれたから、もう平気よ!』
ピノが、羽ばたきながら近付いてくる。
そうか……くり抜かれた窓から外に出て、ウェイドの部屋に呼びかけてくれたのだ。
ウェイドは、恐ろしい形相で男を押さえ付け……殺気を孕んだ声で、尋ねる。
「貴様……何が目的だ? 何故、彼女を襲った?」
「いや……お、俺は、その……」
「答えろ! さもなくば……この布ごと、貴様の顔を斬り刻む」
ウェイドの凄みに、男は「ひぃっ!」と悲鳴を上げる。
「か……金だ! ここに金持ちが泊まっているって聞いたから、有り金をいただこうと思って侵入したんだ!!」
男の返答に、私は耳を疑う。
(金銭目的……? でも、さっき「警告だ」って……)
しかし、それを口にする前に、ウェイドが男の腹に強烈な蹴りを叩き込んだ。
男はくぐもった呻き声を上げながら倒れ……そのまま、気を失った。




