19. 優しい人
「ウェイド……? どうしたんですか? こんな時間に……」
廊下に立つ彼に、問いかける。
しかし、彼はそれに答えず、私をずいっと押し退けて、
「入るぞ」
「えぇっ?! ちょ、なんで?!」
そのままヅカヅカと部屋に入ってくるので、私は混乱しながらもドアを閉めた。
『ちょっと! こんな夜更けにレディーの部屋へ押しかけるなんて、どういうつもり?!』
ピノが飛びながらピィピィ抗議するが、ウェイドは無視。
代わりに、私に目を向け、
「座れ」
「へっ?」
「いいから。ベッドに座れ」
と、有無を言わさない雰囲気で言い放った。
私は、ますます混乱する。
(な……何なの何なの?! 一体、何をするつもり……?!)
心臓をバクバクさせながら固まっていると……ウェイドは、棚の上にある包帯を手に取り、
「……犯人探しに夢中で、自分の怪我の治療を疎かにしていただろう。早く座れ。薬を塗って、包帯を巻いてやる」
と、幼い子供を叱るように言った。
私は、「あ……」と声を上げる。
ボウガンの矢で負った傷……今日、ちゃんと処置していなかった。
肩の傷だから一人だと包帯を巻き辛くて、朝「後でいいや」と諦めたきりだった。
口を噤む私に、ウェイドは小さく息を吐き、
「自分より他人を優先するのは君の美徳だが、自分のことを疎かにしていては、いざという時に動けなくなる。一人で巻きづらいのなら俺に言え。医師ほどではないが、こういう処置には慣れている」
淡々とした口調だけれど、いつもより厳しい、ピリッとした声。
私はすっかり反省し、「ありがとうございます」と言いながら、大人しくベッドに腰かけた。
――傷口に薬を塗った後、ウェイドは丁寧に包帯を巻き始めた。
その手際は、驚く程に良かった。そういえば、傷を負った直後の処置もすごく早かったっけ……
「……あの」
「ん?」
「さっき、『こういう処置には慣れている』って言っていましたが……医療に携わったご経験があるのですか?」
私が問いかけると、彼は少しだけ間を置いて、
「……いや、専門的な経験があるわけではない。剣術の訓練で負った傷を自分で治療していたから、慣れているだけだ」
包帯を巻きながら、低く答えた。
一旦は納得するが、私の頭には新たな疑問が浮上する。
それは……
「ウェイドは……どうして剣術を学ぼうと?」
そう。<星詠みの眼>の一族は予見で国に貢献する立場にあり、武力で国を支える軍人の一族とは異なる。
それなのに何故、彼は剣術を身に付けているのだろうかと、前から疑問に思っていたのだ。
その問いに、彼は一度手を止め……
包帯に視線を落としたまま、こう言った。
「……俺には、『降眼の声』を受ける才能がなかった。だから、仮に<星詠みの眼>としての価値を低く見積もられたとしても、国に必要とされるための材料が欲しかった」
それは……
ラージウィング家の地位を、護るため。
そう脳内で補完し、私は胸をきゅっと詰まらせる。
彼が続ける。
「と言っても、武芸専門の家系ではないから、本物の軍人には劣るがな。それでも、何もないよりはマシだと思った」
静かな声で言うウェイド。
やっぱり、"眼無し"という立場は、想像以上に彼を苦しめてきたのだ。
さっきウェイドは、私に『自分より他人を優先するのは君の美徳だ』と言ってくれたけれど……それはウェイドの方だ。
能力に恵まれなくても、できることはないかと、自分より家のことを優先させてきた。
だからこそ、ベルジック家を牽制しようと、私の予見のやり直しに付き合ってくれているわけで……
(無関心に見えるけれど、本当はすごく周りを見ている人なんだ。でなければ、私が処置をサボっていることにも気付かないだろうし……こんな優しい手つきで、包帯を巻いたりしないはず)
私が痛みを感じないよう、最大限に気を遣ってくれているのだろう。彼の手つきは、まるで壊れ物を扱うように優しかった。
私の鼓動が、また加速し始める。
彼の手が、私の肌に触れている。
大きくて、温かくて……指の長い、男性らしい手。
そのことを今さらながらに意識してしまって……顔に熱が集まるのを感じた。
耳に響く心臓の音が煩くて、何も言えずにいると……ウェイドが、包帯の端をきゅっと結び終えた。
「……終わりだ。また明日、出発前に替えるから、包帯は預かっておく」
そう言って、ウェイドは包帯を手にし、私に背を向ける。
そして、そのまま出て行こうとするので……
「……ウェイド!」
私は、思わず彼を呼び止めた。
振り向かないまま、彼は足を止める。
その広い背中に向け、私は……
声が震えるのを堪えながら、こう伝えた。
「私……この旅に出て、自分の能力を見つめ直すことができました。この力のせいで悩むこともあったけれど……ウェイドは、そんな私の能力と経験を肯定してくれた。だから、街の人たちへの聞き込みも、頑張ることができたんです」
ウェイドは振り向かない。
私は、胸の前に拳を握りながら続ける。
「ウェイドにとって、剣術を学ぶことは不本意だったかもしれませんが……あなたのその経験に、私はすごく助けられました。ウェイドがいなかったら、傷の処置はもっと遅れていただろうし……狼たちと対峙した時も、ウェイドがいてくれたから、すごく心強かったです」
だから、どうか……
"眼無し"として頑張ってきた自分を、肯定してほしい。
そう伝えようと思うけれど……私はそこで、口を噤む。
(……ううん。私が言わなくたって、ウェイドはそんなことわかっているはず。こんなのは……余計なお世話だ)
「だから、えぇと……私が言いたいのは……ウェイドって、すごく優しい人ですよねってことで……」
なんて、結局言葉を濁してしまう。
あぁ、もう。これじゃあ何を言いたいのかわからなくなってしまった。こんなことなら、最初から引き止めなければよかった。
人見知りを思い出したように口籠もる私に……ウェイドは、ようやく振り向いて、
「俺が……優しい?」
と、低い声で聞き返した。
そして……
私の顔をぐっと覗き込むと――
顎に手をかけ、くいっと持ち上げた。
「……君は、わかっていない」
「え……?」
「俺が何を考えているのか……どんな気持ちでここにいるのか、君は知らない」
そのまま、彼は顎にかけた手の親指で、私の唇をそっと撫で……囁く。
「――勘違いするな。俺は、優しくなんてない。そんな幻想は……今すぐに捨てることだ」
怖いくらいに真っ直ぐで、熱を孕んだような、琥珀色の瞳。
彼の言葉の意味を考えようとするけれど、その眼差しに捕えられ、叶わない。
ウェイドは、私の瞳を見つめてから……
ぱっと、私を離した。
そして、
「……明日は早い。もう寝ろ」
そう短く言って……
静かに部屋を出て行った。




