16. 素晴らしい脅し
――宿屋の女性が触れ回ったお陰で、『人食いオオカミ』の件が解決したことは瞬く間に広がり……
その噂は、街を管理するお役人の耳にまで入った。
私とウェイドは厚く感謝され、そのまま要人用の宿泊施設へとご案内。大層なもてなしを受けた。
(お忍びのつもりだったのに……結局、こうなってしまった)
貴族御用達の煌びやかなお宿のホールを眺め、私は苦笑する。
まったく、ウェイドってば。一体どういうつもりなのだろう?
仮にも今の私には『ベルジック公爵家を破滅に導く者(仮)』という烙印が押されているのだ。
そのことが露見したら面倒だから、身分を隠そうとしていたのに……
……という、疑念たっぷりな私の視線に気付いたのだろう。ウェイドは少し屈み、私の耳元でこう囁いた。
「……こうした方が、例の犯人について調査しやすい上、街の生活を正常に戻すこともできる。一石二鳥、かつ、時短だ」
また時短?!
と声を上げそうになるが……確かに、ウェイドの言う通りだった。
アンブルウルフの縄張りを荒らした犯人について、街の人たちに聞き込みをすること。
アンブルウルフたちはもう人間を襲わないと、みんなに信じてもらうこと。
この二つを手っ取り早く進めるには、私とウェイドの身分を明かし、権力にモノを言わせるのが一番だった。
(うぅ……この、目的のためなら手段を選ばす最短ルートで突き進む感じ……ジーク様っぽくて良ッ! あと、今さらだけど耳元で囁かれるのヤバっ……! 私の身長に合わせてちゃんと屈んでくれるんだ……!!)
……などと、私の脳内は相変わらず大忙しだった。
そんなこんなで、すっかり貴賓として迎えられた私は、腕の傷をお医者様に診ていただき、汚れた身体をお風呂で清め、美味しい夕食をご馳走になった。
今回の件の功労者であるピノには、シチューの付け合わせに出されたパンのかけらをあげた。
ピノがいなければ、狼たちを宥めることも、閉じ込められた五頭の魂を救うこともできなかった。
私は「ありがとう」と囁き、彼女のくちばしの下を優しく撫でた。
夕食の終盤、街のお役人の中で一番のお偉いさんが、私たちに挨拶に来た。
口髭を蓄えた、三十代くらいの男性だ。
あらためてお礼を言われ、互いにペコペコしてから、私はいよいよ核心に斬り込んだ。
「実は……狼たちが人を憎んでいたのには、正当な理由があるんです」
そうして、私は伝えた。
狼たちは、馬で現れた二人組の男に家族を殺され、住み処にしていた洞穴を爆破されたこと。
そのせいで人間を憎み、必要以上に警戒していたこと。
アンブルウルフは賢い動物だから、こちらが危害を加えない限り、人間を襲うことはないこと。
これ以上彼らを刺激しないためにも、森の奥へは行かないよう街の住民に指導してほしいこと。
そして……
「狼たちを襲った二人組の男についても、調査していただきたいです。彼らは極めて残忍で、その上爆薬を持っています。次は、人間に危害を加えるかもしれません」
その言葉に、お偉いさんがゴクッと喉を鳴らす。
私は胸に手を当て、真摯な態度で続ける。
「私も、可能な限り調査いたします。動物は嘘をつかないけれど、人間は平気で嘘をつき、人を欺く……狼よりよほど危険な存在が近くにいる可能性を、心に留めておいてください」
内心ドキドキだが、声を張り、凛とした態度に努めた。
お偉いさんは「はっ、承知しました!」と頭を下げ、慌てた様子で退出した。
その背中を見送り、私はドサッと椅子に腰を下ろす。
つ、疲れた……本当は人見知りな引きこもりなのに、急に伯爵令嬢ぶったから……
……でも、これで狼たちを護れるなら、私はいくらでも『きちんとした伯爵令嬢』を演じてみせよう。
『おつかれ、テス。なかなか女優だったじゃない。<精霊獣使い>としての威厳があったわ』
頭のてっぺんに留まり、労いの言葉を囀るピノ。
私が「あはは、ありがと」と苦笑していると、向かいに座るウェイドが一言。
「素晴らしい脅しだったな」
「おど……脅し?!」
「あぁ。狼だけが被害者なら、役人たちは真面目に動かなかっただろう。だが、君は人間にも危害が及ぶことを示唆した。これであいつらは動かざるを得なくなった。実に見事な誘導だ」
「そ、そこまで深くは考えていなかったですけど……ありがとうございます」
「ところで――先ほど、君も『可能な限り調査する』と言っていたが……君はこの街に何日留まるつもりなんだ?」
…………し。
しまったぁあああっ! 狼のことで頭がいっぱいでつい忘れていたけど、私はウーテア山に行かなきゃいけないんだった!!
しかも、私だけならまだしも、王付きの<星詠みの眼>であるウェイドを巻き込んでいるわけで……
本当ならきっと、こんなことに時間を割く暇なんてないくらいに超多忙なわけで……
「う……ご、ごめんなさい。それも深く考えてなかったです……」
目を伏せ、謝罪する私。
狼たちのことは心配だけれど……犯人探しは、この街のお役人さんたちに任せるしかないか。
がっくり項垂れていると、ウェイドが再び口を開き、
「いや、俺は質問をしただけで、君を責めているつもりはない。二人組の男を調査をするため、君は何日ここに留まりたいんだ?」
そう、平坦な口調で投げかけるので……
私は、ぱちくりと瞬きをする。
「え……この街に、しばらく居てもいいんですか?」
「ひと月などと言われるとさすがに困るが、数日なら延泊しても構わない。ディオニスからも、予見のやり直しについて具体的な期日は提示されていないからな」
まさか、私のわがままに付き合ってくれるなんて……
ウェイドだって、<星詠み>として暇じゃないはずなのに。
私は、申し訳なさに瞳を潤ませながら、
「うぅ……ありがとうございます、ウェイド……っ」
何度も頭を下げ、誠心誠意、感謝を伝えた。




