15. ベツラムの街
――夕焼けの色が山の向こうに隠れた頃、私たちはベツラムの街に到着した。
馬車が運んでくれるのはここまで。最後までペコペコと謝罪を繰り返す御者さんにお礼を告げ、私は馬車を降りた。
ベツラムは、西から王都へ向かう旅人や商人たちの休息の地だ。
そのため、宿屋がたくさんある。石畳みの大通りには様々なお店が軒を連ね、夜の街を彩っていた。
……が、本来なら賑やかなはずのその街は、何故か閑散としていた。
よく見れば、営業していない店がいくつもある。これから夕食を楽しむ時間だというのに、街ゆく人はみな何かを警戒するように足早に歩いていた。
「……どうしたんだろう?」
『ん? 何が?』
「街の人が、なんだかソワソワしている気がするの」
疑問に思いながらも、私たちは宿屋を決めるべく街を歩く。
公的な用事での宿泊なら国や領が運営する宿泊施設に泊まるのだけれど、今回は事情が事情なので、身分は明かさず普通の宿に泊まると決めていた。
ふと、ウェイドが私に問いかけてくる。
「宿の希望はあるか? これだけあるんだ、なるべく良い宿に泊まろう」
「わ、私は特に希望はありません。木の上でも草の上でも、クマの腕の中でも眠れる人間なので、お気遣いなく」
「……クマの腕?」
「はい。あったかくてふわふわで、すごく落ち着くんですよ。ほんのり蜂蜜の匂いなんかもして……」
……って、また野生児エピソードを披露してしまった!
うぅ、恥ずかしい……
「と、とにかくっ。私はどこでも大丈夫なので、ウェイドが決めてください」
「そうか。なら……ここにしよう」
と、彼はスパッと言って、通りかかった宿に迷わず入った。
吟味した様子はない。たまたま目の前にあった宿に入ったのだろう。彼も枕は選ばずに眠れるタイプなのかもしれない。
「二部屋だ。今夜、空いているか?」
入ってすぐの受付カウンター。そこにいた宿屋の女性に、ウェイドは淡々と尋ねた。
しかし、女性は困ったように首を振り、すぐに謝罪した。
「ごめんなさいね。実は、しばらく店を閉めようと思っていて……今、最後の片付けをしていたところなの」
「え……?」
「何かあったのか? 他の店も休業しているようだが」
ウェイドの疑問に、宿屋の女性はため息混じりに答える。
「予見が言い渡されたのさ。近々、この近辺に人食いオオカミが出る、ってね。そのせいで、この街を通る旅人がめっきり減って、客もパッタリ。あたしら住民も危ないってんで、みんな店仕舞いして避難しているんだよ」
「人食いオオカミ……」
それって……
もしかして、さっき出会ったアンブルウルフたちのこと?
「その予見は、誰が発令したものだ?」
私も抱いていた疑問を、ウェイドが尋ねる。
女性は肩を竦め……こう答えた。
「ベルジック家のディオニス様だよ。あのお方の予見は当たるってんで、みんな信じているのさ。あんたたちも悪いことは言わないから、とっとと次の街へ移った方がいいよ?」
私は、唖然とする。
まさか、婚約者(暫定)のディオニスの名前をここで聞くことになるとは……
しかも、その予見が先ほどの狼たちを指しているのなら、見事に的中していることになる。
あのまま放っておいたら、狼たちはいずれ旅人や街の住民に牙を向けていただろうから。
(くっ……こんなところでディオニスの優秀さを思い知らされるなんて……なんだか屈辱っ)
拳を握り、密かに震えていると……ウェイドが、こんなことを口にした。
「なら、今度はこう触れ込むといい。『人食いオオカミの件は解決した。心優しい<精霊獣使い>が彼らを説得し、改心させたから』、と」
「……へっ?」
心優しい<精霊獣使い>……?
それって……もしかしなくても、私のこと?!
「ちょ、ウェイド! 今回の旅では、私の身分は……!」
という私の言葉を遮るように、宿屋の女性が「えぇーっ?!」と叫び、
「そりゃ本当かい?! オオカミたちは、もう襲って来ないってこと?!」
「あぁ、この目で見たのだから間違いない。申し遅れたが、俺の名はウェイド・レオーネ・ラージウィング。王付きの<星詠み>であるラージウィング家の者だ。そして……」
――ぽんっ。
と、ウェイドは私の肩に手を置き、
「ここにいる彼女こそ、この国唯一の<精霊獣使い>、テスティア・アイリス・アスティラルダ嬢。『アンテローズの森』を管理するアスティラルダ伯爵のご令嬢だ。これは、狼たちを説得する際に負った名誉の傷である」
そのまま、布で応急処置した肩の傷を見せつける。
こ、この人は……いきなり饒舌になったかと思えば、何から何までペラペラと!
<星詠みの眼>の名門貴族の名に、近隣の伯爵家の名……そして、狼の件が既に解決したこと。
そんな多すぎる情報をいっぺんに突き付けられ、宿屋の女性は放心する。
そして、ふら……っと気絶しそうに身体を揺らしたかと思うと、ピタリと動きを止め、
「た……た…………大変だよ、みんなーー!!」
大声を上げながら宿を飛び出し、街中をものすごい勢いで駆けて行った……




