12. 迫る嚆矢
「…………!」
鋭い牙と爪が、一瞬で眼前に迫る。
動けないまま反射的に息を止め、目を瞑ると……
私の身体が、何かに攫われた。
続けて、全身に響く強い衝撃。
目を開けると、私はウェイドの胸に抱かれ、地面を転がっていた。
アンブルウルフに噛み付かれる直前、彼が抱き留めて護ってくれたのだ。
驚く間もなくウェイドは立ち上がり、未だ私たちを取り囲む狼たちを睨め付け、長剣を抜いた。
ギラリと光る銀色の切先に、私は息を飲む。
「う、ウェイド! 彼らを傷付けないで!」
「わかっている。だが、こいつらが牙を向ける以上、俺も武器を手にしなくては……君を護れない」
言って、両手で剣を構えるウェイド。
その様を目にし、狼たちはますます殺気を膨らませる。
『やはりニンゲンは敵だ……恐ろしい道具を使って、俺たちからすべてを奪う!』
「違う! あなたたちを傷付けたいわけじゃない! お願い、何があったのか聞かせて!」
『ニンゲンに話すことなど何もない! 俺たちが味わった苦しみ……お前らにも思い知らせてやる!!』
グルル! と唸る狼たち。
駄目だ。人間たちへの憎しみで、冷静さを失っている。
そのせいか、彼らからは他の動物にはない不思議なオーラが感じられた。
殺気と言えばそれまでだが、それ以上に邪悪な……魂の濁りのようなもの。
(どうしよう……彼らと争いたいわけじゃないのに……)
迷っている間にも、狼たちはジリジリと近付いてくる。
もう一度彼らに言葉を投げかけようと、私が立ち上がった……その時。
「この……どっかいけ!」
後ろから、声がした。
同時に、武器を構えるような音。
振り返ると、馬車の御者さんが護身用のボウガンを取り出し、狼たちに向け矢を放とうとしていて……
「……! だめ!!」
考えるより早く、私は駆け……
狼たちを護るように、手を広げていた。
「テスティア!」
ウェイドの焦りに満ちた声が響く。
でも、遅かった。
彼が駆け寄る前に、ボウガンは放たれ……
――バシュッ!
という音が、空気を切り裂いた。
それは、私の耳のすぐ横で唸った。
駆け出す私を見て、御者さんが咄嗟に狙いを変えたのだろう。矢は、私の肩を僅かに掠めた。
ワンピースの布地がビッと破け、肌が裂ける。
走る痛み。けど、深くはない。
私は片目を瞑って痛みをやり過ごす。
「テスティア! 大丈夫か?!」
ウェイドが私に寄り添う。
その顔は、びっくりするくらいに真っ青だった。
こんな表情をするなんてと意外に思いながら、私は笑みを浮かべ、頷く。
ボウガンを放った御者さんは、震えながら腰を抜かしていた。
私のことよりも……今は狼たちを宥めなきゃ。
私は今一度振り返り、彼らと向き合う。
『に、ニンゲンが……俺たちを庇った……?』
困惑するように私を見上げる狼たち。
そんな彼らの前に、私は跪き……
ゆっくりと二回、深くお辞儀をした。
これは、アンブルウルフがおこなう挨拶。
家族や親しい仲間に対し、尊敬と愛情を示すための行動だ。
顔を上げ、瞼を開き、私はもう一度、語りかける。
「私は、あなたたちを傷付けない。そして、あなたたちを傷付ける人間を許さない。教えて。何があったの? もう二度とあなたたちが悲しまないよう、私にできることをしたいの。私なら……あなたたちの思いを、人間に伝えられる」
その言葉は、最後の賭けで……
嘘偽りない、私の本心に他ならなかった。
真っ直ぐに見つめる私に、狼たちは迷うように後退する。
ウェイドも、何も言わずに私たちを見守ってくれている。
もう少し……あと少しで、狼たちを宥められる。
何か、まだできることはないか……そう考えた、その時。
『ちょっと、テス! あんた、怪我しているじゃないの!!』
ピノが、馬車の中から飛んで来た。
負傷した方の肩に留まり、血が滴る患部を心配そうに見つめる。
『大変! 早く手当てを……コラ! そこのコワモテ男! 突っ立ってないでなんとかしなさいよ!!』
などとピーチクパーチク騒ぎ立てるのを、狼たちは不思議そうに眺める。
『マルツグミ……何故、ニンゲンといる?』
その問いに、ピノは羽をバサっと広げ、
『何故って、テスのことが大好きだからに決まってんでしょ?! あんたたちも、このコになにかしたらアタシが許さないからね?!』
と、小さな身体で目一杯威嚇した。
狼たちは、呆気に取られたように口を開ける。
そして……ピンと立てていた耳を静かに垂らし、
『"森の警笛"と呼ばれるほど警戒心の強いマルツグミが、ここまで心を寄せるとは……』
……と、牙と共に殺気をおさめ、
『……ニンゲンの娘。お前を信じよう。俺たちの住み処へ来てほしい』
そう言って、私を見つめた。




