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再開の音

 スコーピアスの件から一週間ほどが経過し、後処理などでバタバタしていたウイングもようやく落ち着きを取り戻していた。星座の乙女人形のほうもあれから特に大きな動きはない。


「いや~、やっとひと段落つきましたね~。本当にあの時はどうなるかと思いましたよ、あちち…」


 葵はそんなことを言いながら、本部のソファに腰を掛けて紅茶を啜る。


「そうだな。だがまあいい経験にはなっただろう。なんせ星座の乙女人形は少なくともあと二人はいるのだからな。油断など微塵もできん」


「まったく……雫はいつもそんな感じで疲れないのか??」


「はて?そんな感じというのはどういうことでしょうか?」


 雫は言っている意味が分からないといった様子で首をかしげる。


「せっかく戦闘もライブもひと段落ついたんだ。少しはリラックスするのも大事だろうさ」


「しかしまだ星座の乙女人形は……」


「そんなことは気にしなくていい。セイレンの仕事はあくまでも戦闘だけ、それ以外のことをやる必要はない。もちろん司令官の私を除いてな」


 カナリアは雫の肩に手を置いて諭すようにそう言った。その姿はとても十六歳には見えない頼もしいものだった。


「それと葵と琴音にはいい知らせがある」


「……いい知らせ?」


「あぁ、それもとびっきりのだ」


「なんですか?勿体ぶらずに早く教えてくださいよぉ」


 葵はカナリアの肩をがっしりとつかんでぶんぶん前後に揺らす。


「わかったわかった!教えるからその手をどけてくれ!!」


「あっ!?すみません!」


 葵は慌てて手をひっこめた。


「実はな、あの夏祭りの一件からいろいろと捜査をしていたんだが──」


「もしかして生徒が見つかったんですか!?」


 葵はカナリアが言い終わる前に真っ先に食らいついた。先ほどまでは奥で静かに紅茶を飲んでいた琴音も今はティーカップをテーブルの上に置き真剣に耳を傾けていた。


「まあそう焦らずに、一旦落ち着いてくれ。確かに生徒はそれなりの人数を見つけられた」


「「ほんとですか!?」」


 葵と琴音の声がぴったりと重なる。


「ああ、ただ気になる点があってな」


「気になる点??」


「生き残った生徒の数が多すぎるんだ」


 カナリアのその言葉に葵は顔をしかめた。


「どういうことですか?カナリア司令は生徒が多く生き残ると不都合なんですか?」


「いや、誤解を招く言い方だったね。そういう意味じゃないんだ。ただ生き残れた理由がわからないってことだよ。あの破壊規模を見ただろう、とてもじゃないが人間が生きられるようなものではなかっただろう」


「確かに……」


「じゃあ、みんな花火を見に行ってたということはないんですか?」


「いや、生き残った人たちに確認したんだが皆が口をそろえて”花火の途中で突然眠気がした”といっているんだ」


 あの時の新型ヴァーグや謎の事象に事件はさらに迷宮入りしてゆく。


「まあなんだ、細かいことは気にしなくていい。それよりも喜ぶべきは学校の再開だろうさ」


 カナリアのその言葉に二人は目を合わせた。


「もう再開するんですかっ!?」


 生徒の発見が早かったとしてもせいぜい数週間前。学校を再開するにしても短すぎる期間だった。


「まあ学校再開…とくに幸兼高校に関してはウイングが一枚噛ませてもらっているからね」


「ウイングって本当に何の組織なんですか……?」


 葵は当たり前だが今まであまり考えてこなかった疑問を口にした。


「まあまあ、そんなことはどうでもいいじゃないか。とにかく君らは来週から学校に復帰してもらうから、くれぐれもウイングのことを口外するんじゃないぞ」


 葵と琴音はその言葉に首を縦に振り、部屋を出て行った。


「学校……ですか………」


 二人だけになった部屋で雫はぽつんとつぶやいた。


「どうした?」


「いえ、なんでもありません。ただ少しだけ、うらやましく思っただけです」


「そうか、そうだったな。雫は学校を知らないのだったな」


「えぇ、私が司令に引き取ってもらったのはずっと昔ですから」

 

 雫が引き取られたのはおよそ五歳ごろの出来事。それからは教育こそウイングで済ましていたが、クラスメイトとかかわる楽しい空間ではなかった。


「学校については行きたいのであれば私が手配するとしよう」


「いいのですか!?」


「ああ」


 カナリアは雫にうなずいた。


「父親の件については私も思うところがあるからな……」


 カナリアはこう見えてもかなり人情に篤い人間だった。表面上では父親の話をしていても内心は雫の心配をしているのだ。それは同情でもなんでもなく純粋に家族としての当然の感情だった。


「───そう言えばなんですが………」


 数秒間の沈黙を切りさくように、雫が話を切り出した。


「例のガープの件なのですが……」


「あぁ、ガープのことなら気にしなくて大丈夫だ。修復作業も順調だ。このままいけば数か月後には完成するだろう」



 葵たちが高校の再開を聞いてからちょうど一週間。幸兼高校の校門前はにぎわっていた。学校の再開に喜び友人とともにはしゃぐもの、久しぶりの登校に気だるげに友人と会話しているもの、いつもと何ら変わりなくまるで何事もなかったかのように普段通りに登校しているもの。様々な人が校門前を活気だたせていた。


「あ~おいっ!」


「うわぁっ!?びっくりした……驚かせないでよ、まったく……」


 校門前で久しぶりの学校や生徒たちを見て感傷に浸っていた葵の背中に琴音が飛びついた。


「葵が驚くのが悪いんだよ?」


「そんな理不尽なぁ……」


 琴音の暴論に葵は呆れつつも、少しだけ笑みを浮かべた。


「………にしても、琴音って少し変わった?」


「変わったって?」


「いや、なんかさ。少し甘えっぽくなったというか……?なんというかちょっと前の私みたいだなって」


 葵は思ったことを口にした。


「そうかな?まあだとしたらそれは葵のせいだね」


「どういうこと?私が何かしたの?」


 葵は首を傾げた。ここしばらくの琴音と葵の接点は以前ほどではなく、故に干渉の余地はないだろうと葵は考える。


「最近の葵はあの三人に夢中で私とはちっとも構ってくれないじゃん!」


「えぇ!?だってそれは仕方なくない!!?それにウイングのほうでも結構はなしてたじゃん!」


「そんなんじゃたりないよ。それに変わったっていうんだったらそれはむしろ葵のほうだよ」


「むぅ……」


 そういわれると葵は何も言い返せなくなってしまった。干渉しなかったから変わらないのではなく、"干渉しなかったからこそ変わってしまった"ということに気づく。それはむしろ葵のほうが大きく変わってしまったのかもしれなかった。


「まあ、それでも私は気にしないけどね?葵が今まで通りじゃなくても私たちはいつまでも親友だから」


「琴音ぇぇ!!」


 校門前で二人が仲良く抱き合っているのを背に学校の再開を知らすチャイムが鳴り響く。


 その音を聞いた二人は慌てて教室へむかうのだった。

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