強敵と書き"とも"と読む
「やりましたっ!!アンチェインドを暴走させることなく発動できています!!」
一部始終を見ていたラボの三人は声を大にして喜んでいた。それもそのはずである。今までではアンチェインドを発動してしまったら暴走してしまい、リアクターを狙い撃つことは難しいかった。しかし理性を保ったまま扱うことによって、純粋なアイギスの強化になるからだ。
「スコーピアスッ!戯れは終わりにしようじゃないかッ!」
苦しみから開放された雫はやけに生き生きとしていた。
「たかが姿が変わったごときで思い上がるじゃねえッ!」
刹那、二人は目にも止まらぬ速さで衝突し、衝撃波が生まれた。衝撃波は葵たちのところまで届いていた。
何度も拳が交わり、そのたびに轟音と衝撃波が走った。何度も何度も拳同士、足同士がぶつかり続ける。二人はどちらも一切引かずに互いに消耗し続けた。
「……なかなかやるじゃねえか」
そう言うスコーピアスの顔には露骨に疲れと焦りが出ていた。脚部パーツが限界を迎えたのか、一瞬…本の一瞬だったがスコーピアスの体勢が大きく崩れた。
その隙をアンチェインドを発動させた今の雫が見逃すはずもなく……、
「──覚悟ッ!!」
雫の放った回し蹴りは見事にスコーピアスの脇腹に直撃した。
スコーピアスは大きく吹き飛ばされる。地面に強く打ち付けられたスコーピアスは脚部が完全に壊れてしまい、立ち上がることもできなかった。
「雫さんっ!心臓です!!心臓を狙ってください!!!」
雫は葵の言葉を聞き、拳に力を集中させた。ゆっくりと動けなくなったスコーピアスの下へと歩んでいった。
「話をさせてくれ……」
スコーピアスは雫に乞うように言った。
「命乞いをするのなら死んでからだ」
「待て!そうじゃねえ!」
雫は振り上げた拳を一旦下げ、かがんだ。
「俺はお前らに感謝したいんだ」
「……感謝だと?」
困惑する雫をよそにスコーピアス語りだした。
「俺はもともと人間だった……俺だけじゃねぇ。あいつらもそうだ……。俺達はみんな母さんによって生かされている」
「確かにライブラという女もそう言っていたな」
「あぁ、けれどな……俺だけはあの二人とは違ったんだ。戦うためだけに生まれた存在……。戦うために星座の乙女人形になったんだ」
雫は驚愕した。星座の乙女人形がどのようにして生まれるのかが分かっていなかったからと言うのもあるが、それ以上に戦うために人間を辞める覚悟に驚いたのである。
「だからよ、嬉しいんだ。母さんに託された仕事を全うして死ねるのが……すこ…で……さん…に…」
段々とスコーピアスの言葉が途切れ途切れになっていく。
「あり…がと……う……お前の…よう……な強者に……あえて……本…当に……」
そこまで言うとスコーピアスは何も喋らなくなってしまった。しかしこのまま放置すれば再び立ち上がりまた暴れ出すだろう。
「ああ、さらばだ。強者よ」
それだけ言って雫は再び拳を握りしめ、リアクターめがけて大きく拳を打ち込んだ。
「あれで良かったんですかね……?」
決着の瞬間を目にしていた葵はカナリアと会話をしていた。
「まだ聞かなきゃいけないことはあったと思うんですけど……」
「あぁ、スコーピアスの言う"母さん"というのもまだ何一つ分かっていない……だがあれでいいだろうさ。雫を見てみろ」
そう言われ葵は目を凝らして雫の表情を見た。
「スッキリとした表情をしているだろう。きっと過去を断ち切り新たな一歩を踏み出したんだろう」
「なんか、よくわかんないですね……」
葵は理解が及ばず首を傾げる。それもそうだ、葵は雫の過去を知らない。仮に知っていたとしても人間の感情は本人でさえも完璧に理解することなんてできないのだから。
「まあ、私達が気にしても仕方ないだろう。ヤツの亡骸でも回収して──」
その時、三人の目に写ったのは一人の女だった。間近にいるはずの雫でさえもその存在の出現に気づくことはできなかった。
「あらあら、やられちゃったのね。純粋な戦闘力では随一だと思っていたのだけれど……可哀想にこんな姿になってしまって……」
「何者だッ!」
雫がそう問うと、女は雫に向けて手をかざした。
「あら、いたのね?悪いけど今はあなた達に用はないわ。そこで大人しくしててちょうだい」
そう言うと女は手から光の玉のようなものを飛ばした。雫に向かって飛来していく玉はやがて鎖のような姿に変化し、雫をその場に縛り付けた。
「なんだこれはッ!?」
雫は必死に抵抗するも、光の鎖はまるで鋼鉄にでもなったかのようにびくともしない。むしろそれどころか抵抗するたびに鎖はきつく締まっていった。
「相手したいのは山々だけれど、今はまだその時ではないわ。今はこの子の弔いが優先よ」
「待てッやすやすと逃がしてなるものか!」
雫は絡みついていた鎖を引きちぎり、飛び去ろうとする女に向かって飛び出した。しかし先程までの戦闘で疲弊していた雫は後一歩のところで手が届かなかった。女はそのままどこかへ消えていった。
「一体何だったんだ」
その場に取り残された三人は呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
スコーピアス脱走事件の翌日。三人は念の為と救護室へ検査入院をしていた。
「う〜ん、わからないなぁ……?」
「どうしたんだ葵?随分浮かない顔をしているじゃないか」
「いや、なんだかあの人について考えることがあるんです……」
葵は困ったような顔をしながら話しだした。
「敵ってことはいつかは戦わなくちゃってことじゃないですか……、私にできるかなって……」
「どういことだ?」
「なんか凄く優しそうだなって……ほら、子ども思いないい人そうに見えて」
そこまで葵は正しく言語化できずにどうすればいいかわからないと押し黙ってしまった。
「確かに、邪悪な人間ではないのかもしれない。けれどそれはどんな敵にだって言えることだろうさ。スコーピアスだって快楽のために人を殺すようなやつではあったが、自らの母に忠誠を誓い、最期には命乞いをせずに潔く死んだだろう」
「たしかにそれはそうですけど……」
「それに表面上はいい人間だとしても中身はとんでもないクズかもしれない。特に表向きには悪いことがなければないほどね」
そこまで言われては流石の葵も納得した。何も言い返すことがなくなった葵は掛け布団の中に潜り込んだ。 葵は考え込んでいた。戦わずに問題を解決するにはどうすれば良いのか、そもそも争う意味なんてないのではないか、と。
──東京都某所。
「スコーピアスがやられたわ」
スコーピアスの亡骸を抱えた女は残った二人にそう言い放った。
「どういうことですか!?あのスコーピアスが……」
ライブラはその状況を受けいれることができず、動向を大きく広げ目を丸くしてた。
「どうやらアイギスは私達の想定よりもずっと強敵らしいわ」
女は少しの不安を抱きつつもあくまで冷静に、二人に悟られまいと余裕のある笑みを浮かべていた。そんな様子をライブラとリオは知らず、少し安心するのだった。
「少し作戦を練らなきゃね。スコーピアスがやられちゃったもの……戦闘はあの子に任せてたものだからかなりの修正が必要になるわ…。しばらくはここをライブラに一任してもいいかしら。と言っても誰もここに来ることはないでしょうけど」
女がそういった直後。円卓のある部屋の扉が勢いよく開いた。
「何者ですかッ!」
いち早く反応したのはライブラだった。ライブラは手を翳し、魔法陣を展開する。……が、翳した手は銃弾によって弾かれてしまう。
「あらあら……ネズミが入り込んできなようね」
女はゆっくりと振り返る。
そこに立っていたのは、大勢の武装した屈強な男たちだった。
「いい加減観念してもらうぞッ"神崎ィ"!!」
少しでも面白いと感じたら評価やブックマークお願いします!活動の励みになります!