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記憶の断片

 葵が施設の外に出るとすでに戦いは始まっていた。カナリアとスコーピアスは激しくぶつかり合い、それを八舞は指を咥えてい見ていることしかできていなかった。


「秀次さんッ!」


 急いで雫が八舞のもとに駆け寄る。彼女の顔には不安と同時に安堵の表情が浮かんでいた。八舞には目立った外傷こそないものの、近くの壁には衝突でできたであろう窪みが存在していた。


「僕は大丈夫です……天音さんたちは早く司令のもとに行ってあげてください。星座の乙女人形の弱点は心臓部のリアクターです。それを壊せば止まるはずです……」


 そういうと八舞は静かに眠りについた。

 脈があるのを確認した雫はいち早くカナリアの下へ走り出す。


「来いッマルコシアスッッ!」「力を貸して……アロケルッ!」


 二人はアイギスを身に纏いスコーピアスの懐に飛び込んだ。


「司令、助太刀に参りましたッ!」


 気合の入った声で雫は拳をスコーピアスに向けて突き出した。葵も同様に剣を構えている。


「おいおい、随分と楽しそうじゃねぇか!前回はやられちまったが今回はそうはいかないぜ!アイギスごと木っ端微塵に砕いてる!」


 スコーピアスは威勢を張る。自慢の尻尾をブンブンと振り回し、威嚇をしていた。


「己の快楽のために人を殺すような掛け値なしのクズに負けてたまるか!」


「前にも行っただろう、お前は私と同類だとな」


 スコーピアスは前回のことを出し、挑発をした。まだスコーピアスには葵が迷っていると見えたからだ。

 しかし葵にその言葉が届くことはなかった。


「私はここで決着を付けるっ!人を殺す邪悪な人形と!……過去の弱かった自分とも!」


 葵は迷いを断ち切り、突き進んだ。戦う理由も暴走のリスクも何もかもを忘れて、ただ眼の前の敵を打ち倒すためだけに。そして雫やカナリアも見ているだけではなかった。カナリアは二人の援護のために弓矢でスコーピアスの退路を塞ぐ。そしてそこに合わせるように雫と葵が連携攻撃を仕掛ける。


 しかし三人の力を持ってしてもスコーピアスに決定打を与えることはできなかった。


(どうして倒せないんだ……あと少し、ほんの少しでも力があれば倒しきれそうなのにっ!)


 三人はどうしていいかもわからず、ただがむしゃらに攻撃を続けていた。


「おいおい、どうした?この前の様子とは大違いじゃねぇかよ」


 その言葉が葵の耳に入ると一つの可能性が浮かんできた。アンチェインドだ。あれさえあればきっとスコーピアスも倒せるだろう、と葵は確信している。


(もう一度、あれを使えれば……)


 しかし、葵は行動に移せないでいた。葵の頭にはアンチェインドの使用にによる暴走の記憶が一切ないがゆえに自身がどんな過ちをしてしまうかわからなかったからだ。


「グッ……」


 少しでも隙を見せるとスコーピアスからの痛い反撃が襲ってくる状況に三人はどんどん状況が悪くなり、ついには葵たちの前から戦っていたカナリアが膝をついてしまった。


「カナリア司令っ!?」


 葵が気を取られると、その隙に葵はその蠍の尻尾によって吹き飛ばされてしまった。さらにそれに続くように連携が崩れた雫も大きく吹き飛ばされた。地面と激しく衝突した葵は苦悶の表情を浮かべ、声にならない声を発している。



「…やっぱり、やるしか……」


 葵が悩んでいるとそこにそっと雫がやってくる。雫は葵の方にそっと手を置くと諭すように声をかけた。


「何も神崎一人が負わなくて良いんだ。私達だってアイギスの装者なんだ、私にだってできるさ」


「でも……そうしたら雫さんがっ!」


「私だって……私だって神崎がいなくなればさみしくなる。お互いに同じだ」


 雫は「だから……」とだけ言って、一歩前へ歩を進めた。アイギスが自ら光を発しだす。雫の上昇するメロファージにアイギスが呼応していた。


「雫さん!やめてくださいっ!」


 しかし葵の言葉を聞かずに雫は飛び出していってしまった。


「アンチェインド自体には暴走のリスクはない……私の体が溢れるメロファージを許容することができれば……。私なら行ける……私ならば!」


 雫は繰り返し暗示を自分にかけ続ける。ここまでの雫の鍛錬や実践での経験が雫の背中を押していた。


「マルコシアス!アンチェインドッ!」


 雫の声に呼応し、マルコシアスはアロケルのように鎧と化した。しかしその姿は重厚なアロケルのアンチェインドとは打って変わって、軽装の動きやすい鎧だった。


「…ッ!?」


 アンチェインドが発動すると、すぐさま雫の体では許容しきれない量のメロファージが溢れ出した。溢れ出しためメロファージがどす黒く漂う。雫の全身から汗が出ている。それは雫がアイギスに意識を持っていかれまいと抵抗している証だった。

 その光景に葵もカナリアもただ呆然と見ているしかできなかった。特に葵は前の暴走のとき、自身に何が起こっていたのかを知り唖然としていた。


「私では……アイギスを使いこなせない……のか…」


 雫が眼の前の現実に打ちひしがれて弱音を吐き、もう無理だと諦めかけた時、雫の脳内に昔の記憶がフラッシュバックした。




 雫の父親は大企業の社長、母親は素性すらも明かせないような人間だった。両親は雫が生まれた直後に離婚。まだその時の雫は物心はなく、ぼんやりとした記憶すらもなかった。


「お父さん?どうしてそんなにいっぱい荷物もって出かけるの?」


 ある晩のことだ。父親と二人で暮らしていた雫に再び悲劇が起こった。


「お父さんはね、長いたびに出てくるんだ……。だから雫はここでお留守番していてね。もし困ったらここに連絡してくれるかい?」


 そう言った父親は一つの連絡先だけを置いて、どこかへ旅立ってしまった。その時の雫はまだ小学生だったが、それが所謂夜逃げだということに気づいてしまった。来る日も来る日も父親が返ってくることはなかった。

 自身の経営する企業が経営破綻した父親は多額の借金に追われ、宛もなく放浪しているのだった。幼い雫はそんなことを知ってか知らずか、自然と大好きだった父親のことを嫌いになっていった。


 父親が消えてから1週間ほど経った日。冷蔵庫の中身は空っぽになり、途方に暮れていた雫に一本の電話がかかってきた。

 電話をかけてきた主は父の残した電話番号と同じだった。


『やあ、君のお父さんから言われて連絡を待っていたんだが、なかなか来ないものだから連絡をしてみたのだけれど……。まさか本当に生きているとは思わなかったよ』


 電話越しに聞こえる声は幼い女の声だった。


「誰……ですか?」


『おっと、そうだった。名前をまだ言っていなかったね。私の名前はカナリア・アルバドル。君のことは君のお父さんから聞いている。君さえ良かったらうちに来ないかい?』


 これが雫とカナリアの出会いだった。

 カナリアは雫の一個下だったが、とても頭が良く雫から見てとても年下には見えなかった。


 カナリアのもとに行ってからの雫の人生は大きく変わった。アイドルとして活動を始め、アイギスを身に纏いヴァーグと戦い続ける日々へと変貌した。彼女にとってはそんな日々でもウイングの仲間とともに人生を謳歌できていた。

 たとえ悲劇が起ころうとも……。


 とある日のことだ。


「君は父親について気になるかい?」


 事故で親友を亡くした私にカナリアはそう問いた。

 その問いに雫は迷わず首を横に振った。


「私は……父のことが大嫌いです。私のことを捨ててどこかへ逃げたあの男が私は大嫌いです」


 雫は全く本音を包み隠さず、カナリアに思いの丈を全て話していた。小さいときから社長令嬢として偉い人に接待をしていた雫にとってウイングのメンバーは建前で話す必要のない真の家族だったからだ。


「そうか、君がそういうのであれば私の口からは何も言えないな。ただ雫は強い人間だな。私だったら親もいない、数少ない友人はいなくなる……私だったら耐えられんな」


「司令、それは皮肉でしょうか?」


「いや、すまん。そんなつもりはなかった」


「いえ、良いんです。きっとアイツも私達の幸せを願ってるでしょうから……」


 その言葉を発した雫の薄っすらと涙が溜まっていた。



 

 雫の脳内にフラッシュバックしたものは彼女の人生の断片的な記憶だった。


(思えば私はこのときから変わったんだったな……)


 雫の意志はより強固になる。それにつれ、次第に体から溢れ出ていたドス黒いオーラはやがてどんどんと収まっていた。それはアイギスの暴走に雫が適応し始めているということだった。


「私は……強くなり続けるッ!過去を断ち切り新たな己として生まれ変わって見せるッ!」


 雫は拳握りしめた。もう体からオーラが溢れ出すことはなかった……。



 

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