始まりの鼓動
葵が救護室に入ってから数日がたった。日が経っても未だに葵は悩んでいた。アイギスの危険性を知った葵はアイギスを手にして眉をしかめている。
「アイギスが…アロケルが使えなくなったら、私には……」
独り言は金属製のあたたかみのない救護室に反響し、誰にも届かずに消えていった。葵は考える。アイギスがなければ何ができるのだろうか、と。人を救うために使っているアイギスが暴走してしまうなら、いずれ人を襲うようになってしまう可能性があった。葵には暴走時の記憶がない。故に自身がどのような姿になってしまっていたのかなんて分かるはずもないのだ。
「葵さん?どうかされましたか?」
救護室の扉が開くと、入ってきたのは叶だった。叶はベッドのすぐとなりの椅子に座ると、やがて持ってきた林檎の皮を剥き始めた。
「かなえさん、そういうのって普通お見舞いの人がやるのでは?」
「あら、そうでしょうか?林檎は食物繊維やビタミンが豊富で病人にはぴったりなものです。医療従事者である私が挙げない手はないでしょう」
葵はそういう話なのだろうか、と思ったが叶の善意に甘え口をつぐんだ。
「ここは普通の病院とは違います。面会は自由ですし、もちろんそれに時間制限はありません。もう少しすればあの二人も来るでしょう」
叶がそういった直後、救護室の扉が開いた。
入ってきたのは雫一人だった。
「神崎、体調はどうだ?あれから悪化はしてないか?」
「なんですかぁ〜雫さ〜ん?もしかして心配してくれてるんですか?」
葵はニチャニチャと笑う。葵はやせ我慢をしていた。頭の中にあるのは常に暴走のことだった。そのことを悟らせまいとから元気で雫と話している。
「あ、当たり前だろう!神崎が減ってはトライアングルも成立しないからな。私は戦うのもいいがそれ以上にアイドルとしての活動も頑張っていきたいのだ」
雫は露骨に顔を赤くして照れている。それを見ていた叶は呆れたようにため息を吐いた。
「あなた達?ここは救護室ですよ。いちゃつかないでください。せめて私のいないところでお願いします」
「申し訳ございません正院さん」
雫は恥ずかしそうに謝罪する。また葵もニチャニチャと笑いながら形だけは謝っていた。
「ま、まあ。メンタルケアも医療部の大事な仕事ですから。今回は多めに見てあげましょう。……そういえば司令が二人を呼んでいましたよ。私もそろそろ別の仕事に行くので司令のところに行ってくださいね」
今でも時折、葵にはスコーピアスの言葉が脳内を反芻する。頭では分かっていてもそれを認めようとしない自身がいたのだ。今も葵は己の快楽のために戦っているのではないか?などと考えてしまっていた。そんなはずはないと雫に教えてもらったのに……だ。
「神崎?どうかしたのか?」
「いえ、なんでもないです。さっさとカナリア司令のところに行ってあげましょうよっ」
司令室につき、葵は普段カナリアの座っている椅子を見てみるが、そこにカナリアの姿はなかった。
「司令?一体どこに?………これは」
雫は椅子に落ちていた一枚の紙切れを見つけた。そこには可愛らしい字で『ラボで待っているぞ』と書いてあった。
「……確かに私達、場所聞いてなかったですね」
「あぁ、ここに来るのが予想できるのなら教えてくれても良いだろうに。全く司令も人が悪いものだ……」
ラボに到着すると、葵たちを待ち受けていたのはカナリア司令ではなく八舞さんを除くラボの二人のみだった。
二人は完全に怯えきっていた。顔は青白くなり、全身がガタガタと震えている。
「硝子さん?大丈夫ですか?それにカナリア司令はどこに…?」
葵は硝子というラボの一人に声をかけた。彼女はもうひとりとは違い、頭部から出血を起こしていた。彼女の表情はいつもの研究時の好奇心にあふれる表情ではなく、今日に歪められた絶望に満ちた顔をしていた。
「し、司令ならスコーピアスと外で戦っています……」
「スコーピアス!?一体どうして……?」
「研究中に突然起き上がったんです……。私達がよく見張ってなかったせいで…すいません……」
硝子は申し訳無さそうに何度も何度も謝った。
「秀次さんはどうした?彼はこんな状況でラボから離れるような男ではないはずだ」
雫さんの言葉に硝子は申し訳無さそうに黙ってしまった。雫さんが秀次さんに恋しているのを知っていたからだ。しかし言わないわけにもいかず、やがて硝子はその口を開いた。
「八舞さんは司令を追ってスコーピアスのところへ行きました。止めようと思ったんですけど言っても止まらなくって……」
「急ぐぞ、神崎……」
そういった雫は不安そうな顔をしていた。
文章の書き方を少し変えてみました。もし不都合があれば戻すことがあるかもしれません。
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