小休止:ライブラの魔術教室
──エリアH-2襲撃前、東京都某所。
「なあライブラ?結局魔術ってなんなんだよ」
スコーピアスは珍しく興味あり気にライブラに質問していた。
「全く、あなた達だって魔術によって動いているんですから、少しは知っておくべきでしょうに……」
ライブラは呆れていた。それもそのはず、魔術は星座の乙女人形にとっては常識も常識。魔力生成リアクターを持つ彼女らには体の一部も同然だからだ。
「しゃあねぇだろ、俺はインテリ眼鏡のお前と違ってそういうのには疎いんだからよ」
「私もそういうのには興味ない……」
リオもスコーピアスと同様に魔術についての知見は浅かった。
「しょうがないですね……少々癪ですが同志として、ここは私が魔術教室を開いてあげるとしましょう」
そうしてライブラの魔術教室が始まった。
「まずは術式と魔力についてです。もちろんこの2つの違いは把握していますよね?」
星座の乙女人形の中ではごく一般的な、人間で表すなら小学生レベルの問題だったが二人は汗をタラタラと流しながら押し黙っていた。
「はぁ……正直驚きました。まさかここまで一緒にやってきていた仲間がここまでだったとは……」
ライブラはホワイトボードを引っ張り出してマーカーペンで何かを書き始める。
「魔力とはすべての源、言うなれば電気です。これがなければエネルギー弾も放てず、高度な魔術を発動させることすらできません」
二人はうんうんと頷いている。この程度ならなんとか理解できていた。
「魔力とは違い術式は技です。これは例えるなら家電製品です。電気を使って家電を動かす、これが魔術の仕組みです」
ライブラのわかりやすい説明に二人もついていけていた。
「なんとなくは分かったけどよ、じゃあ魔術結晶とやらはなんなんだ?」
スコーピアスは転移の魔術結晶を転がしながらライブラの方を見た。
「魔術結晶は高度な術式を焼き付けたものです」
「焼き付け?つまりはどういうことだ?」
「魔力を流すだけで自分の持っていない術式でも簡単に扱うことができるということです。例えば今スコーピアスの転がしている転移の魔術結晶なら魔術さえあれば誰でも転移が使えるということです」
リオは理解してうんうんと頷く。スコーピアスは理解できていないのか首を傾げていた。
「ま、まあよくわかんねえけど、とにかく今の私でも使えるのが魔術結晶ってことなんだな」
「そう言うことです。少しはこれであなた達も私のような知的な人間に近づいたでしょう」
「……ライブラのそういうところ、うざいから嫌い………」
リオはぐでーんと円卓にうつ伏せる。
「リオ、あなたはたまには外に出たらいいんじゃないですか?こんなところにこもっていては体が錆びますよ?文字通り」
ライブラは実はこう見えて面倒見が良いタイプだった。
リオの耳を引っ張って無理やり外に引っ張り出そうとした。
「痛い!痛い!待って!分かったって……出るから!出るからぁ……」
そうしてリオは無理やり外に連れ出されてしまった。その様子を見ていたスコーピアスも面白そうだと思い外について行った。
建物の庭に着くと、ライブラは倉庫の方からサンドバック用の人形を持ってきた。
「にしても不思議なもんだよな。東京だってのに外とは全く違う空気なんだからよ」
「この場所は母様によって特殊な結界が張られています。外からは入ることができませんし、半端な能力ではそもそも認識すらもできないでしょう」
「ま、なんでも良いけどよ。早くやろうぜ」
スコーピアスはコキコキと手を鳴らしていた。
「一応言っておきますが魔術の鍛錬ですからね。フィジカルで行こうとしないでくださいよ」
そう言うとライブラは人形のスイッチを入れた。スイッチが入った人形は自立して左右に歩きだした。
「なんだありゃ!?星座の乙女人形ってわけでもないのに自立してるじゃねえか!」
スコーピアスは男心をくすぐられるメカにテンションが上っていた。
「……スコーピアス元気すぎ。小学生男児みたい…」
「リオも少しは動いたらどうでしょうか?」
リオは今建物の日陰で座っていた。建物の形状的に日陰が多くなっているからか、ライブラは日陰を思う存分堪能していた。
「ま、まあとりあえずスコーピアスから行きましょうか。まずはそこの魔術書を取ってください」
スコーピアスは言われて「これであってるか?」と聞きながら並べてあった一冊の本を手にした。
「違います。それはお母様の書いた料理本しょう。全く…なんでそんなもの持ってきたんですか……?」
「わりぃわりぃ。こっちだったか」
そう言うとやっと魔術書を手にした。スコーピアスは手にした魔術書を手でバシバシと叩いてホコリを落とす。
「なんだか古臭くねえか?」
「当たり前でしょう。魔術は遠い昔の人間が考えたものです。その本だってその時代に書かれたものですから古くて当然です」
スコーピアスはなるほどと言いながら魔術書に目を通す。
「うげっ!?なんだぁこの本?何書いてるかわかんねえじゃねえか」
スコーピアスの持っていた魔術書には現在の地球にはない言語で魔術について記されていた。見ていたスコーピアスは思わず本をぽいっと投げ捨てた。
「魔術書は術式について古代の魔術言語で詳細に書かれています。もちろん見れば時短にはなりますが、読めないのであれば自ら学ぶのもいいでしょう。ちなみに私の使う魔術の八割は自力で考え出したものです」
ライブラは自慢げにメガネをクイッと持ち上げた。その様子を見たスコーピアスはちぇっと舌打ちする。
「まずはスコーピアスの思う魔術の理想をイメージしてみてください。そしたらそのイメージをどういう理屈で行うのかをより具体的に想像してください」
スコーピアスは理想を想像した。スコーピアスにとっての理想は究極の暴力、思い描いたイメージはシンプルな身体強化だった。そしてスコーピアスは考えた。どうすれば肉体強化を実現させられるのか。
「なんとなくだが出来上がったぞ」
スコーピアスは思い描いたイメージを術式に変換した。
「術式に変換できたらあとは魔力を込めるだけです。試しにそこの人形で試して見ると良いでしょう。あの人形は壊れないように私が魔術で強化しておいたので気にせずに全力をぶつけてください」
そう言うとスコーピアスは全身に魔力を込めた。スコーピアスの考えついた魔術は魔力により体の強度を増すというものだった。
「じゃあ行くぞ」
スコーピアスは全力で人形を蹴り飛ばした。
魔力により強化された蹴りを受けた人形は魔術の防御を貫通してバラバラに砕け散った。
「ちょ、ちょっと!?何しているんですか!フィジカルはダメといったじゃないですか!?」
「ふっ、お前にはそう見えるのか。行っておくが私はしっかりと魔術を使ったぞ?私のフィジカルと魔術が合わさってお前の魔術も破壊したってわけだな」
スコーピアスに煽られたライブラは悔しそうにキィーっと声を上げて地団駄を踏んだ。
「た、確かに素のスコーピアスでは壊せないような強度に設定しておきましたが……」
「もう良いだろ?俺はお前みたいな頭の使った戦闘はできやしねえんだ。これが性に合ってるさ」
そうして、スコーピアスの特訓は終わった。
そして、リオの訓練が始まろうとしていた。
「…なんで私がこんなことを………」
リオはずっと口から文句を垂れ流し続けていた。
「全く、そもそもリオには何ができるのですか?私はあなたが戦っているのを見たことがありませんが」
「ママは自分のできることをやれといった……。私に魔術はできない。だからやらない……」
「そうも言ってられない状況でしょう?それに魔術があれば先程のスコーピアスのように早く戦闘を終わらせることだってできるんですよ?」
しかしリオはなびかなかった。なぜならリオにとっては今後楽にできるかどうかよりも今楽にするかどうかのほうが重要だったからである。
「……私に魔術ができなくてもそれだけで二人よりも強い……だから私は金髪の女を相手して生きてる」
リオはだるそうにしながらもえっへんとドヤ顔をした。
「うるさいですね……とにかくやってもらわなきゃ困るんです!それにやればお母様が喜ぶに決まっています!」
結局その後もライブラによる説得初月、やがてライブラに気圧され、リオはいやいやながらも魔術の鍛錬を始めた。
「やり方はスコーピアスとおんなじです。とりあえずやってみてください」
そうしてリオはまうつについて考えた。リオの思う戦いをより楽にする方法、それは直接戦わずして勝つことだった。
「…わかった。やってみる……」
リオは手を前にして構え、何かを放った。放たれたものはとても小さくて長いものだった。
「…やってみた………」
「あんな小さいもので何ができるって言うんですか?みてください人形だって何も起こってないじゃないですか!」
ライブラはスコーピアスによって壊された人形の破片を指さした。
「…あれは毒針。生物ならすぐにしびれて動けなくなるような毒……」
リオはニヤニヤとしながら魔術の説明をした。
「馬鹿なんですか?人形相手にやってもわかるわけ無いでしょう。せめてわかりやすいものにしてくださいよ……」
ライブラは呆れながらも人形を確認する。見るとそこには確かに針のような細いものが深く突き刺さっていた。
「……でも言われたとおりやった。もう帰る………」
そう言い残しリオは建物の中に入っていった。
残されたライブラは再び悔しそうにキィーっと声を上げた。
「全く。あの二人は才能はあるのに、その才能を分けてほしいものです……」