ハロウィン連続殺人事件
「またか…」
「これで五年連続です。」
私は先輩と現場に来ていた。
今年もまたハロウィンの夜に人が殺された。今年の被害者は血みどろナースのコスプレをしていたそうだ。
「酔っ払いが道端で寝てるだけと思われて、通報が遅れたようです。」
「みんなで騒いでっから、隣で殺人事件が起こってても誰も気付かんのか。」
先輩は、人の形に描かれた白い線を見つめる。
「過去四年の被害者との接点は?」
「ありません。彼女は当日、友達と上京してきたばかりでした。」
「で、その友達は?」
「ナンパされて一晩ホテルにいました。ウラは取れてます。」
「ッチ。乱痴気騒ぎしやがって。」
先輩は深いため息を吐きながら、空を見上げる。
「重要参考人に話を聞くか。」
三回目の現場近くにおり、四回目の殺人事件に関与したと疑われる男。
五年目の今回は……不可能。先週やっと捕まえて留置してるからだ。
「言ったろ? 『ハロウィンの悪意』ってのが居るんだよ。」
その男は取調室でいつもの供述を繰り返す。私は調書を取りながら先輩とのやり取りを見守る。
「何度も聞いてるよ。そりゃあ妖怪か?」
「イベントには『悪意』が溜まる。野球やサッカーで暴動みたいなのが起きるのは、そのせいだ。『悪意』は沢山の人間に取り憑いて衝動を起こさせる。」
「じゃあ、その衝動のせいで今年も事件が起きたっていうのか?」
「そうだ。」
男は断言した。
「去年までの事件はお前がやったんだろ。」
「違う。俺じゃない、俺だけじゃない。」
「犯人は毎年違うってことか?」
「犯人は『悪意』だ。」
これ以上は話しにならないと先輩は立ち上がろうとする。組織的な犯行でもなさそうだし、偶然が重なったか模倣犯が出てきたというところだろう。
私は男の話をもう少し聞いてみたくなった。先輩に変わってもらう。
「去年、お前が凶器の包丁を購入した。でも、それを現場に置いたのは別人だと言う。被害者をそこに連れて来たのも別人。被害者も含めてお互いを全く知らないし、関与した全員がお互いにお互いがやった事を知らない。なぜ、そんな殺人が起きる?」
私は今までの疑問をぶつける。
「『悪意』に取り憑かれた人間一人一人は、自分が何をやっているかを理解していない。俺だって、なんで包丁なんて買ってその辺に置いたのか分からない。」
男の目の奥が光ったように感じた。
「『ハロウィンの悪意』は特別なんだ。ハロウィンに目を醒まし、それぞれの人間にちょっとした『悪戯』をさせるだけ。それを積み重ねて人を殺す。」
……『悪戯』。被害者の友達が「彼女を置いてホテルに行こうってなったのは、ちょっと『悪戯』してやろうと思って……」と言っていたのを思い出した。
「ただでさえハロウィンの祭りでタガの外れてる人間は何も覚えちゃいない。今年の事件だって目撃者たちは誰も助けようとしなかったろ。不思議だとは思わなかったか?」
私は男の言葉に飲まれそうになった。
「『ハロウィンの悪意』は人間の『悪戯』したいという小さな欲望の掛けがねを、ちょっと外すだけだ。コトンっとな。」
コトン…
私は取調べを終了した。
「釈放ですか。」
「凶器の購入だけでは検察に送っても証拠不十分。起訴できても、あれじゃあ精神鑑定に引っかかる。」
それでも先輩は納得していない様子だった。
今年の事件の犯人も捕まえなければならない。やる事が沢山あるから、あんな男に構っていられないというのが実情だ。
先輩が捜査に出て行った後、私は上司に申請書を提出する。
「お? もう来年の休暇を申請するのか。気が早いな。」
「すみません。」
「構わなないよ。なかなか好きに休めない仕事だからな。来年十月の末日だな。分かった、手続きしておく。」
「ありがとうございます。」
「ハロウィンだな、何かあるのか?」
「はい、その日にちょっと『悪戯』を。」
作者は一年で一番ハロウィンが大好きです。