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「キミを愛することはない」って言ってた殿下に何故か溺愛されています

 あれあれ? おかしいぞぉ~?


 と、思っているのは私、マリアンヌと申します。


 マリアンヌ・ゼロス伯爵令嬢であった私は、諸般の事情によりネロ・フィフス殿下と結婚いたしました。


 裏取引アリのドロドロの政治劇に巻き込まれた私は、伯爵令嬢という脆弱な立場でありながら、あれよあれよという間に未来の王妃となる立場へと上り詰めてしまったのです。あら大変。


 フィフス王国の王位継承第一位であるネロ殿下にしてみたら、なぜに伯爵令嬢なんぞを娶らねばならんのだ? と、思われたことでしょう。ご愁傷様でございます。


 でもね。結婚するにあたり「キミを愛することはない」って釘刺されちゃったのよ、私。かわいそうでしょ?


 私なんかを嫁にしなきゃいけなかったネロ殿下には同情するけど、定番の「キミを愛することはない」をかまされちゃった私としては、なんだかなぁ~って感じなわけよ。


 愛されることはないわけだから、ある種、フリーダム。


 しかも、お金はあるわけですよ。権力もね。そりゃもう何でもし放題、毎日が大騒ぎさ~、って感じで過ごせると思うでしょ。お金があって、権力もあって。時間もあったら、アナタ何します? 私はねぇ~……って感じでウッキウキのワックワクっすよ。ねぇ、ねぇ、何する~?


 まぁ、もちろん貴族ですし。そもそも、未来の王妃となるわけですから。あまり品位を欠いたことはしてはいけません。してはいけませんけれど……後宮の奥に引きこもって、アレコレしててもいいわけですよ。えー、そしたらナニしましょう? 綺麗なお嬢さんたちを集めて、着せ替え人形にしちゃいましょうか? それとも、孤児院巡りをして、不遇なお子たちを幸せにしちゃいましょうか? 見込みのある子は側仕えにして教育と出世の機会を与える、なんてのもいいわよね。


 子供もいいけど大人もね、と、ばかりに高齢者への再教育とか、技術継承や歴史継承のために何かするのもいいわぁ~。紙芝居とか作って貰って、それを持って全国を回るというのも楽しそうでしょ?


 などと、色々と考えていたわけですよ。


 とはいえ、生涯を通して誰からも愛されない人生というのもちょっと……ってのもねぇ。うん。ちょっと複雑。


 そんな不満やら不安やらを抱えた結婚。もう式典だけで疲れた疲れた。アレだね、王族ってヤツは体力要るね。私なんてしがない伯爵令嬢だから、ついていけない。ヨロヨロですわよん。


 でも、ヨロヨロしながらも務め上げたのよ、褒めて? ねぇ、褒めて? みたいな感じ。やり遂げた感、半端ない。キレイキレイ言って貰って嬉しいけど、そりゃ、あれだけ手間かけたら綺麗にもなるわ。うん。金も手間も半端なくかかってるから。国家の威信がかかってるから皆さん気合入ってるし。こっちはお飾り予定だから、イマイチ盛り上がってなかったけどね。


 おかげで警備の影ちゃんと仲良くなれたからいいけど。影ちゃんって誰かって? アレよ、アレ。影から偉い人達を見守っている、影の者ってヤツよ。もちろん何人かいるけどね。老若男女って感じで。必要に応じて紛れ込んでるの。


 まぁ、私が影ちゃんたちと仲良しなのは、実家のせいもあるけどね。実家がろくでもないから、影ちゃんたちを派遣している組織と仲良しなのよ。お父さまは、陰の実力者なんだ、とか言ってましたわ。実力あるなら陰に隠れず、爵位も伯爵じゃなくてもっと高い所を狙えばいいのにね、と、私は思いましたけどね。


 まぁ、いいわ。実家は、もう出ちゃったし。もっとも結婚したところで実家は実家なんで。必要に応じて力は借りる予定ですけども。ですけども、そこはそれということで。


 私は実家から離れてひとりで悠々自適。一通りの祭事が終わったら、そこで私は愛はないけどフリーダムな生活に入る予定だったのよね。


 平穏な日々。退屈でもしゃーない。贅沢三昧してやろう。


 ……そんな風に思っていた時期が私にもありました。でもね。なんか、風向きがオカシイのよ。


「マリアンヌ、もっとこっちにおいで」


 甘いマスクに甘い声。地獄の貴公子とか呼ばれていたネロ殿下はどこいった? なんか、私、溺愛される方向に流れているみたいなんですけど。


 全ての式典が終わり、今からは二人にとってのクライマックス、初夜のお時間がやってまいりました。でもさー。お飾り妻とか、白い結婚の予定だったから、この事態は想定外。豪華な夫婦の寝室で、私は冷や汗をダラダラと流しております。


 そりゃね。キラキラ金髪、バッサバサのまつ毛に囲われた透き通った海のような青い目、ギリシャ彫刻のように整った顔、均整のとれた体に程よくついた筋肉、それを覆う滑らかな白い肌。身長は高くて私の体をすっぽり覆ってしまうなど素晴らしく魅力的な男性にですよ? 甘く呼ばれてご覧なさい? そりゃ、自ら流れに乗ってやろうという気にさせるモノは十分にありますわよ。ええ。


 しかも、あれよ。将来の国王だから。金も土地も持っているから。地位も名誉もあるから。スパダリ中のスパダリみたいな存在だから。そりゃ、私も悪い気はしないわ。


 ……んー、でもね。「キミを愛することはない」って言われちゃってるからね? 溺愛とかされても、今更だからね? なんなの、この人? って気持ちが捨てきれないからね? どうしたもんかなー、とか、思っちゃいます。


「どうしたの? 私のことが嫌い?」


「……」


 だからさ。なんでお前は自分の言った事、忘れられんの? って話しじゃん?


 お前さ、私に言ったよね? 「キミを愛することはない」って。ハッキリ言ったよね。


 そんなヤツにさ。


「ほら、フルーツを食べさせてあげよう」


 とか、されてさ。安心して甘えられんのかって話よ。


「んー? イチゴは苦手だったかな?」

「……」


 いえ、イチゴは大好きです。


 どちらかというと、苦手なのは貴様の態度だよ。


「キミの髪、サラサラしていて気持ちいいね。銀色でキラキラしていて綺麗だし」

「……」


 いいや、お前。出会った頃、銀髪じゃなくて白髪っつーたよな? 白髪の童顔ババァ、みたいな悪口陰で言ってたって聞いたぞ。王国が抱えている王太子付きの影に。私は無駄に人脈が広いのだ。だから王太子付きの影からの忠告なんかも聞けちゃうのだ。


「大きくて赤い目もカワイイね。美味しそう」

「……」


 いや、だから。お前、赤い目なんて不吉、とか言っちゃったんだろ? 影ちゃんから聞いたぞ? いや、いいけどね。白髪に赤い目で不気味ちゃん、とか、小さい頃からよく言われていたし。


 良いよ、別に。言いたければ言えばいいけどさ。それは距離をとれる相手にすべきことでさ。近しい間柄になりたいんだったらさ。裏と表で言うこと違うとか、やっちゃあかんリストに入ってると思うんだよね。


「ねぇ、キスしていい?」

「……」


 ダメに決まってるだろっ。キモイ。キモイよ、お前。なんか悪い薬でも盛られたんか?


 いや、マジで盛られた可能性はあるけれど。なにせ王家だし。初夜だし。


 世継ぎ作らせる気満々かもしれん。かもしれんが……その役目。私のではないでしょう? 側室に産ませるって言ってたよね? だから安心して下さい、って言ってたよね? 何でそんな変なムードだしてくんの?


 キモイ、キモイ、キモイ。


 影ちゃん助けて~。


 なぜ、こんな事になってしまったのか? 


 自業自得と言えば、そうなるのかもしれないが。だってあの時には、そうするしかないと思ったんだよ仕方ない。


 話は結婚前にさかのぼる……。 


 百歩譲って私が悪かったのかもしれないが、絶対に認めないからなっ!




*:..。oƒ *:..。oƒ *:..。oƒ *:..。oƒ *:..。oƒ



 マリアンヌ・ゼロス伯爵令嬢こと私は、諸般の事情によりネロ・フィフス殿下と結婚することになった。


 顔合わせは薔薇の花咲き乱れる庭園。


 よく晴れた春の日の午後。


 真っ白なガゼボの中。


 紅茶の香り漂う中でテーブルを挟み向かい合う男と女。


 男はネロ・フィフス殿下。

 青に金コードの騎士服をピシッと着こなしてらっしゃるネロ殿下は25歳。


 キラッキラの金髪にギリシャ彫刻のように整った顔、スラッとした均整のとれた体は身長も高いし筋肉もしっかり付いている。

 滑らかな白い肌に、バッサバサのまつ毛に囲われた大きな目。


 その視線の先に居るのが私、マリアンヌ・ゼロス伯爵令嬢。

 ピンク色のドレスに身を包んだ私は20歳。


 赤い瞳に白い肌。

 体は細いが引き締まった筋肉がついている。

 自分でいうのもなんだが、流れる白っぽい銀髪は艶やかで顔立ちも整っている方だと思うし、スタイルも良い。


 しかし、こちらを見る男の透き通った海のような青い目には、思い切り嫌悪の情が浮かんでいた。


「キミを愛することはない」

「……」


 後は若い二人で、なんて言いながら父が姿を消し、二人きりになった途端にこれだよ。

 さすが地獄の貴公子、ネロ殿下。

 やることが、ひと味違うねっ。


 などと言うと思うか、バカヤロウ。


 私はネロ殿下を睨みつけた。


「何? 不満でもあるの? ウサギみたいに赤い目で睨んでも迫力はないよ。不気味ではあるけれど」

「……」


 媚びろ、とまでは言わない。


 ですが、怒らせない程度の気遣いはしてくれも良いのではないでしょうか、殿下。


 まぁ、どうでもいいですけど。


 私は溜息をひとつ吐くと、ティーカップを口元に運んだ。


 使用人たちも護衛も遠ざけたガゼボの中には、ふたりきりしかいない。


 新しいモノと入れ替えられることのなかった紅茶は、とっくに冷めていてマズイ。

 思わず表情が歪んでしまった。

 貴族令嬢らしからぬ失態である。


 でも、表情が歪んでしまっても仕方ない事情があったのです。


「殿下、この紅茶、毒が入ってますね」

「おや、お気付きか?」

「はい」


 私が毒に気付いたのには理由がある。

 ゼロス伯爵家は、薬を手広く扱っているのだ。

 その中には、毒もあれば毒消しもあった。


「私は毒に慣れている。キミは?」

「私も、この程度ならば大丈夫です。いざとなれば毒消しも所持していますので」


 ゼロス伯爵家が扱うのは薬だけではない。


「影の気配も消えています」

「それは分からなかったな」


 ゼロス伯爵家は、王家の影など隠れて動ける人材育成にも携わっていた。

 

「王家の影とは仲良しですの。気配くらい分かります」

「そういうものなのか?」

「はい」


 嘘です。


 影の人材育成にも携わるゼロス伯爵家には、外部に出せない特別な訓練法などの蓄積がある。


 普通は将来、影として働く者を対象として施される訓練ではあるが。


 私は、それを受けていた。


「嗜みとして学んでおりますの」

「そういうものなのか?」

「はい」


 嘘です。


 単純に私の趣味です。


 だって、カッコよかったんだもの。特別な訓練。


 しかも、やってみたら出来ちゃったんだもの。


 また、皆さん、褒め上手だからぁ。


 私、頑張っちゃいましたの。


 結果、王家の影からスカウトを受けるほどの腕前になりました。


 お父さまが即行、お断り申し上げておりましたが。


 働く令嬢というのも悪くはないと思うのですよ。


 たかだか伯爵令嬢ですし。


 跡取りにはお兄さま方がいらっしゃいますしね。


 娘は私ひとりで、他家と縁を結ぶためには重要な駒なのでしょうけど。


 息子が五人もいるのだから一人二人婿に出した所で困らないでしょう。


 などと、お父さまに言ったら睨まれましたけど。怖くはないです。

 

 うちのお父さま、娘は猫かわいがりするタイプなので。


 まぁ、そんなこんなで一般的なご令嬢とは違うスキルを私は身に付けています。


 だから分かります。


 庭園に近付いてくる不審者たちの気配が。


「護衛たちがいるだろう? そんなに心配するほどのことか?」

「……」


 こちらをバカにしきった殿下の態度、ムカつきますね。


 囁く小声が魅惑的に響く所が、更にムカつきます。



 気に入らないけど、コイツ、王太子殿下だし。


 国にとって大切な人間であることに変わりはないので、仕方ない。


 不測の事態があったなら、私が守らないといけません。



 殴りたいのを我慢して、ザッと周囲の気配を探る。


 護衛たちの気配はもちろん、影の気配もなく。


 代わりに、知らない気配がこちらに近付いてくる。


 これは本格的にヤバいです。


「ネロ殿下、武器はお持ちですか?」

「一応ね」


 殿下は護身用の短刀を見せる。


 見合いの席に帯刀はしなかったようだ。


 近付いてい来る気配は、ひとつ、ふたつ……全部で、六つ。


 そんな脆弱な短刀では、歯が立ちませんよ殿下。


 私はドレスの裾に手を伸ばす。


 そこには、ドレスの飾りに紛れ込ませた、極小サイズの投げナイフが幾つか仕込まれていた。


「そんな小さなモノが役に立つのかい? 爪楊枝のようではないか」


 バカにしたような殿下の声がムカつきます。


「大丈夫です。小型ですけど、毒が塗ってありますので当てさえすれば」

「……っ」


 殿下の顔色が、ちょっと変わりましたわね。

 私、少しだけ気分が良くなりましたわ。


 近付いてきた気配がガゼボの外で止まった。


 これで気分よく戦えそうですわ。


「バサッ」

「あ⁈」

「っ!」


 ガゼボの四方から飛び込んでくる侵入者たち。


 戦いの火蓋は切って落とされた。


「誰だっ! どこの手の者だっ?!」


 殿下が叫んでいるけど、そんなの答えるわけがないじゃない。


 私は手にしていた極小の投げナイフを侵入者目がけて投げつけた。


 六人程度なら、丁寧に当てていけば怖れることはない。


 ナイフに塗ってあるのは、我が家に伝わる即効性のある毒。


「うわっ」

「ぐうっ」


 刺されば、うめき声をあげて倒れる。


 即効性はあるが致死性の低い毒だ。

 事情聴取には問題ないだろう。


 片手に一本ずつ掴んで投げて、あと二投を二回で事足りる。


「何が⁈」

「大人しくヤられろよ、お貴族さまっ!」


 襲い掛かってきた侵入者の首を目がけてナイフを投げる。


 頸動脈に刺されば、仕事が早い。


 毒は素早く回って敵の動きを封じることができる。


「グッ……」

「あぁっ」


 少し苦しげなうめきを上げて倒れる侵入者。


 ドスン、ガラガラガッシャンと大きな音がしたが、それもご愛嬌。


 意識を失ったら倒れる先なんて選べない。


 赤毛短髪の大男が倒れ込んだ先にあったのはテーブルで。その上にあったティーセットもろとも倒れていった。


 倒れ先が悪いと、殺すつもりがなくても死んでしまうことがある。


 でも死人には事情聴取ができず、背景が十分に探れなくなってしまう。


 結果として、再びの襲撃を受け目的を果たされてしまう可能性もあるわけで。


 その辺も踏まえた上で瞬時に判断しなきゃならないから、侵入者対応は難しい。


「女っ、何を隠し持っているっ!」

「どういうことだ⁈」


 侵入者にイチイチ教えてやる必要もないと思うが。


「ゼロス伯爵家の者だけど?」

「うっ」

「やばいっ」


 あ、やっぱりゼロス伯爵家はヤバいって話になっているんだ。

 ヤバい人たちの間でも。


「逃がさないわよ」


 私は侵入者の頸動脈目がけてナイフを投げた。


「うっ……」

「ぐぁっ……」


 無事、二本とも刺さった。


 よかった、よかった。


「大丈夫ですか、殿下っ⁈」

「マリアンヌっ! 無事かっ⁈」


 異変に気付いた護衛騎士やお父さまが駆けつけた時には、侵入者たちの始末はついていた。


 遅いですわ。


「私は大丈夫です。殿下は?」


 私は振り返って殿下を見た。


 金髪の美丈夫は短刀を握ったまま、私を見て目をパチクリさせていましたわ。


 別にいつもの事ですからよいですけどね。


 助けて貰ったらお礼のひとつも言うものではありませんか。


 ネロ殿下。



*:..。oƒ *:..。oƒ *:..。oƒ *:..。oƒ *:..。oƒ




「……殿下」

「なんだい?」

「邪魔くさいです」


 私、マリアンヌ・ゼロス伯爵令嬢は、手頃かつ実家万歳という背景を背負いつつネロ・フィフス殿下の婚約者となりました。


 顔合わせ以降も、ネロ殿下は納得のいっていない様子です。


 それは仕方ない事ですわ、私は納得しています。


 ですが、この婚約が整ったのには理由がありますの。


 ネロ殿下がどこまで知ってるか分からないけど、私の実家、なかなかにヤバい。


 ヤバいゆえに力がある。


 だからこそ、私は次期国王であるネロ殿下と結婚する羽目になったのだ。


 薬を扱えば、毒・毒消し・媚薬など幅広く扱うし、関連で影育成にも関われてしまう。


 影を育成できて、毒を扱っているから、暗殺者だって育てられてしまうのです。


「だって、キミ、強いから」


「だからって女の影に隠れるのはやめてください」


「フフッ。それがアナタの婚約者? 地獄の貴公子とか呼ばれていたけれど、ただの軟弱男じゃない」


 私たちの目の前には、ゴージャスな美貌と肉体をゴージャスな化粧と衣装とで飾り立てた女が立っていた。


「ミルドレッド、貴女が敵になるなんて……」


「マリアンヌ。アナタも軟弱になったのね。暗殺者が敵対することなんて珍しくもなんともないわ」


「それでも私は悲しいわ、ミルドレッド。私は王太子殿下の婚約者で、私の影に隠れているのは王太子殿下なのよ? なのに狙うということは、国家に対する反逆よ?」


「ええ。分かっているわ、マリアンヌ。私は、この国を捨てるの」


「ミルドレッドっ⁈」


「この国は、私を……私の愛する人を裏切ったのよ……もう、何の未練もないわ……」


「ミルドレッド……」


「だから。隣国へ逃げる手土産に、アナタの後ろにいる、その男の命を頂戴っ!」


「ダメよ!」


 満月が輝く夜。王城のベランダで、私とミルドレッドは向き合っていた。


 王太子は私の後ろに控えている。


 ミルドレッドは真っ赤なドレス。私は透き通った海の色のドレス。


 ミルドレッドは復讐の赤をまとい、私は婚約者の色をまとっていた。


 ミルドレッドの手には、見覚えのある小さな毒付きナイフ。


 私の手にも爪楊枝のように小さな毒付きのナイフがあった。


 ベランダの下は絶壁。


 海の上にせり出しているベランダの上には逃げ場がない。


「私たちを仕留めたところで貴女には逃げ場がないのよ、ミルドレッド」


「ふふふ。こんな場面でもアナタは私の心配をするのね、マリアンヌ。でも気遣いは無用よ。アナタたちを仕留めたら、素知らぬ顔して使用人に紛れ込み、逃げおおせてみせるから」


「無理よっ、ミルドレッド。諦めて頂戴。悪いようにはしないわ」


「それこそ無理でしょ? 私は次期国王たる王太子殿下の命を狙ったのよ。私に退路はないのっ!」


 ミルドレッドの両手からナイフが飛ぶ。


 綺麗な軌道を描いて私と殿下を狙うナイフから、かろうじて身を躱す。


 反射的に私の両手から投げられたナイフは、ミルドレッドの頸動脈を左右からえぐった。


「っ⁈」


「ミルドレッドっ!」


 瞬く間に回った毒で体の自由を失ったミルドレッドの体が傾く。


 駆け寄り伸ばした手の先から、赤いドレスが離れていく。


「ミルドレッドォッッッッッ!」


 彼女の体はゆっくりと、しかし確実に、ベランダの向こうに落ちて行く。


「……ミルドレッド」


 残ったのは夜闇に浮かぶ、私の白い手。



*:..。oƒ *:..。oƒ *:..。oƒ *:..。oƒ *:..。oƒ


 

 そこからも何度か、王太子殿下は狙われた。


 なぜか私は、その場に居合わせることが多くて。


 何度も命を救うことになった。


 王太子殿下が私を見る時、その透き通った海のような青い目には、以前のような嫌悪の情はない。


 それでも彼は言う。


「キミを愛することはない」


「そうですか」


「だから、安心して嫁いでおいで」


 微妙に、ニュアンスが変わっていく言葉。 

  

 微妙に、熱を帯びていく視線。


 それが私には、微妙に居心地が悪くて。


 向けられた視線から隠れるように、私は顔を背ける。


「貴男なんて嫌いよ、殿下」


 私は愛が欲しいのか、要らないのか。


 それすら自分で決められない人のようで。


 守っているのか、守られているのか。


 その曖昧さが心地悪い。


 なのに、ネロ殿下は爽やかな笑顔で言う。


「それでもいいよ。私がキミを愛することはないからね」

「もう……っ」


 私の不安を見抜いて合わせてくれる。


 必要以上の事は言わない貴男に心が揺れる。


 だから……大嫌いですわ、殿下。



*:..。oƒ *:..。oƒ *:..。oƒ *:..。oƒ *:..。oƒ




 私の戸惑いに合わせて時間が止まってくれるわけもなく。


 ドレスの仮縫い。


 付け焼刃の王妃教育。


 引っ越し。


 結婚式の打ち合わせ。


 必要な事は必要なだけ、私の脇を流れるようにしてつつがなく行われていく。


 豪華な結婚式に意味なんてあるのか。


 私が王太子の嫁になることに意味なんてあるのか。


「お飾りには、お飾りなりの効果があるってことだよ。国が平和で豊かなら、国民は勝手に幸せを探して、勝手に幸せになっていくよ」


「そんなものですかね」


「そんなもんですよ」


 ネロ殿下の言うことは、よく分からない。


「殿下の言うことに従って、国に仕えなさい」


 お父さまがもっともらしく言う。


 お父さまの言うことも、よく分からない。


「マリアンヌ。キミはどうしたいの?」


 それが一番、わからない。


「それだけの能力を付けたのだ。活かさなければ勿体ないだろう? だから私は、お前の能力を一番活かせる場を用意しただけだよ」


 お父さまは、そう言うけれど。


 私はには、よく分からない。


 王家の影ちゃんたちと仲良くなったので、彼らにも意見を求めてみたけれど。


「それを決めるのは、マリアンヌさまですからね」


 と、丸投げです。


 まぁ、わたしの事だから、丸投げで正解なんだろうけど。


 私は……どうしたいんだろう。




*:..。oƒ *:..。oƒ *:..。oƒ *:..。oƒ *:..。oƒ




 考えている間も時間は止まらない。


 あっという間に式当日。


 堅苦しい式典は、格闘訓練より疲れる。


 私なんて、しがない伯爵令嬢だからね。堅苦しいのには慣れていない。


 キレイキレイと耳にタコができるほど聞かされて。


 高い場所に上らされ。


 豪華さで豊かさを見せびらかす。


 キレイなことも。地位があることも。お金があることも。


 どんだけの価値があるんだろうね。


「国家の威信がかかってるからね」


 ネロ殿下は言うけれど。威信なんぞ、何の役に立つのか。


「この国が立派であるとアピールすることは、周辺諸国への牽制にもなるからさ。結局は、国家の平和のためになるのさ」


 なんて、ネロ殿下は言うけれど。


 私にはイマイチ、ピンとこない。


 白地に金刺繍を施した婚礼衣装をまとう凛々しい殿下の隣を、ウエディングドレスっていう無駄に重くて苦しいドレスを着て静々と歩く私。


 価値があるから、この行事にお金もかけるし、護衛もしっかり付くんだろうけれど。


 今日は特別に人数が多いのだとしても、これからは日常的に影も護衛も付くわけで。


 そう思うと堅苦しくて重たくて、頭が痛い。


 アレだね、王族ってヤツも難儀だね。


 私なんてしがない伯爵令嬢だから、ついていけない。


 ヨロヨロっすよ。


 やり遂げた感はあるけど、もう寝たい。


 でも、せっかく辿り着いた寝室で。


「ねぇ、キスしていい?」


 と、まぁ。王太子殿下に甘く迫られているわけですが。


 しかも。


「大丈夫、大丈夫。キミを愛することない、からさ」


 とか言って、笑って居やがりますよ、この野郎。


 なんだろう。


 なんだか、とってもムカつきます。


「私の事が嫌いでも、私がキミを愛することがなくても。キスもできるし、子供だって作れるだろう?」


 しれっと、とんでもない事を言いやがりましたよ、この野郎。


「キミが望む通りにしてあげるから、その可愛い口で望みを言ってごらん」


 だったら、もう寝かせてくれませんかね。


 そもそも、やる事をやる気なら、先にすべき支度とかあるわけですが。


 などと思いつつ、テーブルの上にあったイチゴを自分で取って口の中に放り込んだ。

 

 そして気付く。


「影ちゃんたちの気配がありませんね」


「そう? 私には分からないけど」


「表の警備も……気配がない」


 そもそも、室内に私たち以外の気配が全く居ないというのも不自然だ。


 私は事前に仕込んでおいた武器の場所を思い浮かべながらテーブルの下に手を伸ばし、毒を塗ったナイフを掴む。


 まぁ、ココまで来てしまったのだ。

 

 国王陛下を守りながら生きるというのも、アリかもしれない。


 そんな事を思いながら、私は天井から降りてきた侵入者を上目遣いで睨み、ニヤリと笑った。



    ♦♥♦―――――♦ おわり ♦―――――♦♥♦

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