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最後の任務  作者: 内藤晴人
── Ⅵ ──

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16/29

遭遇

 扉を叩き叫ぶのに疲れ、アリスは力なく打ちっぱなしのコンクリートに座り込む。

 その様子を、先住者である同居人は少し離れた所で見守っていた。

 視線に気が付いたアリスは、キッと同居人をにらみつけ声を荒らげる。

 

「さっきから何ジロジロ見てんの? あたしは見せ物じゃないから!」

 

 むき出しの敵意と怒りを正面から受け止めて、同居人かつ先住者の楊香は軽く肩をすくめてみせる。

 

「その元気があるなら大丈夫ね。心配して損しちゃった」

 

 あまりにもあっけらかんとした口調でそう言うと、楊香は座っていた粗末な長椅子から立ち上がりアリスに歩み寄る。

 僅かな照明にその容姿が浮かび上がるなり、アリスは悲鳴を上げた。

 何事かと足を止める楊香に向かい、アリスは容赦ない言葉を投げかけた。

 

「来ないで! 近寄らないで! 化物!」

 

 が、楊香は軽く吐息をつくのみで、それまでは座っていた長椅子の上にあるブランケットをアリスに投げてよこした。

 

「……本当の事を言われると傷付くって、学校で習わなかった? とにかくその上に座りなさいよ」


 女の子は冷やすと良くないから、などと若干年寄りじみた事を言いながら楊香はにっこりと笑う。

 その様子に、アリスは唖然として瞬いた。

 

「……否定、しないの? だって……」

 

「したところで、どうなるの?」

 

「だって、解放されたあと、あたしがどっかにたれ込んだら……」

 

「テロリスト崩れの女の子の話と、惑連の見解。多くの人が信じるのはどっちだと思う?」

 

 笑みを崩さず意地悪く言ってのける楊香。

 対してアリスはむくれたように唇をとがらせた。

 

「……だから惑連もテラも信用できない。権力をかさに、何しても許されると思ってる」

 

「あら奇遇ね。どうやら意見は一致したみたい」

 

 アリスは楊香を再びにらみつけたが、すぐに床へと視線を落とした。

 どうやら口では勝てないと悟ったらしい。

 言葉に従うのは(しゃく)に障るが、落ちているブランケットを拾い上げると楊香から充分な距離を取った所に腰を落ち着けた。

 

 二人が押し込まれている場所は、I.B.内では営倉と呼ばれている所に当たる。

 配管がむき出しの壁や天井、そしてコンクリートの床。

 決して快適な環境とは言えない。

 アリスはᎠが自分をここに放り込んだ理由を考える。

 危険を犯して拉致してきた『人形』と自分を、同じ場所に監禁する。

 単に場所が無かったのか。

 あるいはまだ自分はまだ必要とされているのか。

 プログラムのことならば一から十を知ることは容易いのに、どうして人の心の内はわからないのか。

 思わずアリスは頭を抱える。

 

 どれくらいそうしていただろうか。

 時折水がしたたり落ちる音しかしない閉ざされた空間では、時間の感覚も狂う。

 ふと顔を上げると、相変わらず妖艶な笑みを浮かべる楊香と目があった。

 

「……見ないでって、さっきも言ったでしょ。悪趣味ね」

 

 どうせ、世間知らずの馬鹿な子供だと思ってるんでしょ、と毒づくアリスに、だが楊香は目を伏せ首を左右に振る。

 意外そうな表情を浮かべるアリスに、楊香はジャケットの内ポケットから何かを取り出し、投げてよこした。

 

「惑連軍謹製の行動食よ。そろそろ必要な頃かと思って」

 

 その言葉が終わらぬうちに、アリスの腹は盛大に空腹を主張する。

 思わず赤面しつつも拾い上げると、それはどこにでも売っているような固形の栄養食品だった。

 こんな時だけ惑連に頼るのも……とアリスはためらっていたが、楊香がとどめの一言を投げかけた。

 

「ちなみに私がここに来てから、一度も食事は出てないけどね」

 

「え? じゃあ、あたしにこれ……いいの?」

 

「だって私は化物だもの」


 悪びれもせず笑って言う楊香に、アリスは頬をふくらませる。

 

「……最低」

 

 その時、アリスの腹は再び鳴った。

 考えてみれば、例のプログラムを完成させるため、ここ数日まともに食事を取っていなかったのだから無理もない。

 しばし意地を張ってはみたものの、最終的には食欲が勝った。

 封を切り、ブロックを一つ口の中に放り込む。

 優しい甘味が何故か懐かしく思えて、自然と涙が頬を伝い落ちた。

 

「食べ終わったら、早く寝なさい。……もっともこんな所じゃ満足に眠れないでしょうけど」

 

「え? だって、まだ……」

 

 穏健派と不毛な話をしてから、そんなに時間は経っていないのでは、と言うアリスに、楊香は苦笑を浮かべる。


「あなたがここに来てから、ルナ標準時で四時間四十八分経ってる。もうとっくの昔に真夜中よ」

 

 即答する楊香。

 ポカンと口を開くアリス。

 その様子に、楊香はさも面白くて仕方がない、とでも言うように声を立てて笑う。

 

「……何がおかしいの? だってあんた、時計なんてしてないじゃない」

 

「だから、私は化物だって」

 

 どうやら楊香は、アリスに化物と言われたことを相当根に持っているようだ。

 

 ここまでヒトに近い感情をプログラムできる人物がいるなんて。

 いや、それ以前にこれまでの楊香の一挙手一投足、どれを取ってもヒトと遜色ない。

 

 アリスはまじまじと楊香を見つめた。

 

「……あんた、何物なの? 本当にドライが言ってた『人形』なの?」

 

 アリスの問いに、楊香は笑みを崩すことなく応じる。

 

「それを知ってどうするの? 少なくとも今それを知っても、どうにもならないんじゃないかしら」

 

「それは、そうだけど……」

 

 ふてくされたようにつぶやくと、アリスは楊香の視線から逃れるようにブランケットを頭から被り、ゴツゴツした壁にもたれかかる。

 そんなアリスに、楊香は柔らかく微笑を浮かべる。

 

「安心して。助けが来るまで、私が貴女を護るから」

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