赤ずきんは、オオカミさんに惚れ薬を。
昔、とあるところに可愛らしい「赤ずきん」と呼ばれる女の子がいました。
その女の子は、あまりの可愛さに誰からも好かれて、可愛がられていたそうな。
特に彼女のおばあさんが、その子の為なら何でも上げるほどの溺愛ようでした。
ある時、おばあさんは赤いビロードの頭巾をあげました。
その頭巾は子どもにとっても、この世の中で1番なほど、よく似合っていたので、その子はその頭巾以外被る事は無く、それでいつも「赤ずきん」と呼ばれるようになりました。
「赤ずきんや」
「なぁに? おばあさん」
そんな赤ずきんは、病気で寝込んでいたおばあさんの家へ看病しに来ていました。
献身的なその姿に、おばあさんはメロメロかと思いきや。
「看病しに来てくれるのはありがたいよ。でも、ね……」
「なぁに? おばあさん。わたしが来て嬉しくないの?」
「いや、そんな事はないよ赤ずきん。嬉しいさ。でも、ね。あのね……」
と、何やら煮え切らない様子。
視線は右往左往と赤ずきんと家具の間を忙しなく移ります。
それでも意を決したようで、おばあさんは赤ずきんを真剣な表情で捉えると。
「せめて、もっとお淑やかな服を着てくれないかい。その服は、なんというか……えろすぎじゃないかい」
「いいでしょ。これが1番可愛いし」
「でも、なぁ……。色々見えておるし」
おばあさんの言うことは最もでした。
なにせ赤ずきんの服は、とってもすけべな衣装だったんです。
背中は丸見え、胸の辺りはハートの形に切り抜かれ、谷間が見えます。更に横から眺めると、こんもりとしたお乳のお山がチラリズムするんです。
いわゆる童〇をころすなんて呼ばれるセーターなわけです。
それに赤ずきんを被っているというミスマッチな格好なんです。
おばあさんが言いたい事は、大衆が頭を縦に振る程のちからを持っていました。
「別に困るわけでもないし、この服着ていれば男達みんな私にメロメロになって面白いし」
しかし、赤ずきんは魔性の女でした。
「そ、そうかい……。赤ずきんがそれでいいなら、いいんだ……。
今日もありがとうね。気をつけておかえり」
「はぁ〜い。おばあさん、またね」
おばあさんは赤ずきんを溺愛していました。
強くは言えない。本人がしたいなら、無理に引き止めるのも悪い気がする。
だから、おばあさんは手を振って家を出ていく赤ずきんの背中を、ただ物悲しく眺めていました。
そんな赤ずきんが、別れを告げ玄関を開けてすぐ、何かにぶつかりました。
「あいた!」
まるで鋼鉄で出来た壁にでもぶつかったように、赤ずきんは尻もちをついてしまいます。
ペタン。と。ここでも赤ずきんの可愛らしさが光ります。
「もぉ、なによぉ」
痛みに耐える赤ずきんへ、そのぶつかったなにかは手を差し伸べてきます。
「ごめん。大丈夫かい?」
そこには、白よりも上品で、洗練された銀色の髪。
オオカミのたてがみを彷彿とさせるギザギザとした髪型。毛先なんかは外に跳ねて、短く切られた髪はその男性を表すには充分過ぎる程でした。
(オオカミみたい)
スマートな体、しかし必要な筋肉はしっかりと鍛えられた美しいフォルム。
瞳は真っ黒の中に茶色が混じって、優しげな印象を与え、目元はキリッと研ぎ澄まされた鋭さがある。
誰が見てもかっこいい。イケメンがそこにいました。
「あ、ありがとう……」
そんなへたりこんだ赤ずきんは、恥ずかしがりながらその男性の手を取ります。
(ひゃあぁぁぁぁっ! がっちりとしてるのに、指細いいぃぃ!)
赤ずきんは内心暴れていました。
それはもう縦横無尽に。穴があったら飛び込むくらい。
赤ずきんは男性経験がほとんどありませんでした。
「怪我はありませんか?」
「……は、はぃ」
赤ずきんは消え入りそうな程、小さく声をこぼします。
おばあさんにえろすぎだと言われた格好が、今更恥ずかしくなったのでしょう。
男性との関わりがほとんど無いからこそ、男性へのアプローチがほとんど出来ないくらい耐性が無いからこそ、赤ずきんは男性が好みそうな服を着るという選択肢を取ったわけです。
しかし、実際にイケメンと出会い、言葉を交わし、手を取り合う。それらを確かめれば確かめる程、赤ずきんの頬は紅くなっていきます。
「すみません。急いでいたもので。おばあさんは中にいらっしゃいますか?」
「……い、いますぅ」
「ありがとうございます。ではすみません。僕はこれで失礼します。また今度、お会いした時、ぶつかったお詫びをさせて下さい」
そう言って、イケメン男性はおばあさんの家の中へ入っていきます。
その間、赤ずきんは放心状態だったわけですが。
(す、好きになっちゃったかも……)
案外チョロい赤ずきんでした。
▼▼▼
それから数日。
赤ずきんは恋する乙女の如く、様々な行動に出ます。
まずは、彼の事を知る必要があります。
そこで、おばあさんから話を聞いたわけですがあっけなくその髪型や髪色、目の形や全体的な雰囲気から「オオカミさん」と呼ばれているという事。
仕事は狩人をしていて、おばあさんとの出会いも、イノシシに襲われていた所を助けたのがきっかけとの事。
そして、妻や彼女といった女性との関係はない事。
それらの情報を知る事ができました。
「ふひ」
赤ずきん、嬉しさのあまり気持ち悪い笑みがこぼれます。
そう一目惚れして、オオカミさんの話を聞いていく内に赤ずきんの気持ちはより一層高まったのです。
今まで、誰とも交際関係に至るどころか手を繋ぐ事さえできず、こじれにこじれてしまい、どえらい格好をする赤ずきんにとって、オオカミさんは狩猟対象なわけです。
「あぁ、オオカミさん。必ずやそのハート、私が奪ってやるわ!」
そして、赤ずきんによる『オオカミさんメロメロ計画』がスタートしたのです。
▼▼▼
まず、赤ずきんが最初に取った行動は餌付け――もとい、『胃袋を掴んでしまおう作戦』です。
しかし。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
口から泡を吹きながら、気を失ったオオカミさん。
赤ずきんの料理は壊滅的な腕前でした。
しかし、そんなままではいけない。
赤ずきんは次なる作戦を決行します。
その名も『過激な衣装で悩殺大作戦』です。
ほぼ下着のような格好でオオカミさんと会い、男性心を刺激するという作戦。
いくらオオカミさんが爽やかイケメンであっても、中身は男。スタイル抜群な赤ずきんを見れば、いやでも好意が向くはず。
そう思った赤ずきんでしたが。
「風邪ひきますよ」
すかさず、オオカミさんの着ているコートを掛けられてしまいました。
これでは、せっかくの衣装も隠れてしまいます。
あえなく、オオカミさんの優しさによって、今回の作戦も失敗に終わったわけですが。
(オオカミさん、いい匂い……)
赤ずきんは小賢しくもコートの匂いを堪能していました。
▼▼▼
ここまで連戦連敗。
様々な作戦を思いつき、その度に決行するも失敗に終わった赤ずきん。
もう八方塞がりかと思ったその時、ある噂を耳にします。
「匂いを嗅ぐだけで恋に落とす惚れ薬……?」
そう、巷で大流行の惚れ薬。
相手に匂いを嗅がせるだけで、自分に惚れさせるそんな都合のいい薬が開発されていたのです。
そんな噂も赤ずきんの耳に届けば、どうするかは予想通りでしょう。
「ほ、惚れ薬ください!」
オオカミさんを無理やり惚れさせる作戦に出たのです。
これがダメなら、もうできることはない。
赤ずきんにとって、最後の手段。
それを決意し、全身に香水のように吹き掛けることが出来る惚れ薬を髪、顔、首筋、手首、お腹と全身の至る所に振り掛けていきます。
それはもうたくさん。掛けられるだけ。浴びるように。
今日着ていく予定の服にも、靴にも、小物に至るまでも。入念な準備を済ませた赤ずきんは、玄関先でおばあさんに意気揚々とあいさつをします。
「おばあさん。行ってきます」
「はいよ。気をつけてね」
清楚な、純白のワンピースで決めた赤ずきんをおばあさんはいつもと変わらず、笑顔で送り出しました。
そして、その時は来ました。
決戦の時です。
「あ、あの……オオカミさん」
「はい? どうかしました」
「い、いえ……」
しかし、赤ずきん。困っていました。
惚れ薬を使ったはいいものの、それがしっかりと効果が出たかどうか確認しなければいけません。
そのため、何度も繰り返しオオカミさんを呼ぶのですが、普段と変わらない清純な受け答え。
とても、惚れ薬の効果でないのは明白でした。
だからこそ、赤ずきんは困っていたわけです。
(確認とるって、好きかどうか尋ねなきゃいけなくない?!)
それが1番手っ取り早いわけです。
そして、1番難関なわけです。
しかし、赤ずきんにとっては、この作戦はいわば背水の陣。これがダメなら潔く諦めなければいけない。
足踏みする暇なんてない。
男性経験が全くない赤ずきんでしたが、覚悟を決め、今にも泣き出しそうなほど、被っている頭巾のように頬を赤くしながら、話します。
「お、オオカミさんは……」
「うん」
「オオカミさん、さんは…………」
「うん」
「…………私の事、どう思っていますか?」
言えた、そう赤ずきんは思いました。
少し弱めに出た言葉ではあっても、惚れ薬の効果があれば「好きだよ」の一言がオオカミさんから出てくるはずです。
さぁ、その時までオオカミさんの返事を待とうと気持ちを切り替える直前。
「普通にいい子だと思うよ」
赤ずきんの脳は揺さぶられました。
惚れ薬の効果もなく、好きという一言もない、お世辞にも似た言葉。
それが何を意味するか。
それが何を失わせたか。
失敗です。
「……そう……」
先ほどの熱は冷えきり、次第に涙が浮かんできます。
赤ずきんのりんごのように真っ赤な瞳が、小粒の涙を落とし、大粒の雫を流します。
「え!? 赤ずきんちゃん!?」
これにはオオカミさんも困惑。思わず駆け寄るもアタフタと、その場で足踏みしています。
「ど、どうしたの? 急に泣き出して、僕が何か嫌なことでも言ったかい?」
「……びえぇぇぇぇぇぇっん」
止められなくなった赤ずきんは号泣です。大号泣です。
赤ん坊のように、泣き叫びます。
もうなんでもいい。
もうなんだっていい。
どうなってもいい。
そんなやさぐれた思いは唇を動かします。
「だって! だってだって! オオカミさん、私のこと『普通にいい子』って!」
「う、うん。赤ずきんちゃんはいい子だよ」
「それって、『特別』じゃないから、私は『特別ないい子』がいいのに! オオカミさんの特別になりたいのに!
その為に、惚れ薬まで使ったのに、何も……何も効果がないから……。私、やっぱりだめなんだって、男の人とまともに話したのもオオカミさんが初めてだったし、こんな気持ちになったのも、あなたが初めてなのに!」
まくし立てながら、足に力が入らなくなった赤ずきんは地面に座り込みます。
それは悲痛な叫びで、悲劇的な感情の吐露で。
はち切れそうなほど、心臓の音も、落ちた小瓶の音も掻き消えるような赤ずきんの言葉はオオカミさんに届きます。
決して、冗談ではない。
長い時間、想いを募らせた心の悲鳴を耳にしたオオカミさんは、地面へ転がった小瓶をしゃがみながら拾いあげます。
「これが、その惚れ薬かい?」
「…………ひっぐ。ふぁい、そうです」
ぐしゃぐしゃになった赤ずきんは、そのいつの間にか落ちた惚れ薬を潤んだ瞳で見つめます。
ピンク色の小瓶には、残りわずかな惚れ薬が波打っています。
赤ずきんへの確認が済んだオオカミさんは、何を思ったのか小瓶の蓋をクイッと回して開けます。
「……オオカミさん?」
「…………赤ずきんちゃんは1つ勘違いをしているよ」
すると、オオカミさんはその惚れ薬を一気に飲み込んだのです。
本来は、衣類や血管の集まった場所に吹き掛ける香水の物を、あろうことか飲み干したのです。
「オオカミさん!? だめです! 吐き出してください!」
赤ずきんの制止も聞かず、ゴクンとオオカミさんの喉が鳴ります。
何が起こるか分からない、驚愕の表情の赤ずきんに対して、オオカミさんは不敵な笑みを浮かべます。
「赤ずきんちゃん。惚れ薬って、好意を持っていない相手を振り向かせる為に使う物なんだよ」
「え、は、はい。でも、飲むのはだめですから。吐き出しましょ?」
「これ、香水として売り出してるのは原価があまりにも高すぎるから、水で薄めて大量製造できるようにしてるんだ。元々は、香水じゃなくて飲み薬として試作されたものだから、飲んでも大丈夫なんだよ」
「……で、でも」
香料やらなんやら、そういった心配もあった赤ずきんでしたが、オオカミさんがそう言うなら大丈夫なんだろうと納得します。
実際、飲もうが嗅ごうが身体に害のないよう作られた自然由来の物。安心安全な製品です。
「それに、これはちゃんと本物だよ」
「でも、オオカミさん。惚れてないから……」
偽物だと――言い切る前にオオカミさんは赤ずきんと目を合わせます。
急接近して、赤ずきんの目の前まで。
その端正な、眉目秀麗な、顔面偏差値の高いオオカミさんが目前に来た赤ずきんは、恥ずかしさで真っ赤に染め上がります。
「好意を持っていない相手を振り向かせる。それが無効になる相手もいるんだよ」
「……どういうことですか」
泣き跡のついた頬、そこへ流れ落ちていく雫をオオカミさんは拭き取りながら。
「僕は君に惚れていたから、効果がなかったんだよ。勘違いさせてごめんね」
思わぬ衝撃が赤ずきんを襲います。
惚れ薬は相手を惚れさせる。ですが、そもそも惚れた相手がいれば効果はなく、ただの甘ったるい匂いのする香水になるだけ。
オオカミさんに変化が無かったのは、最初から赤ずきんに惚れていて、意味をなさなかったのです。
「じゃ、じゃあ……」
「うん。僕は赤ずきんちゃん
あなたが好きです」
こうして『オオカミさんメロメロ計画』は無事、達成されました。
あまりの喜びに、オオカミさんへ抱きつき。何度も何回も、好きと叫ぶ赤ずきん。
それを優しく受け止め、彼女の存在を刻むよう抱きしめたオオカミさん。
二人は無事、恋人となることになりました。
なりました。
なりましたが……。
「オオカミさん! いつになったら私を食べてくれるの!?」
赤ずきんの苦悩は未だ続きそうです。
〜Fin〜
読んでいただきありがとうございます。
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初めて、童話にチャレンジしてみましたが、難しいですね。
ですが、楽しく書くことができました。