二話
朝、7時00分。雨が降り出しそうな曇天。
生徒会役員の一日は、一般生徒よりも早く始まる。
「しぃちゃんおはよう!」
「…おはようございます、会長」
昨日同様、生徒会室の前で待っていた会長は、あいかわらずの気安い調子で私を迎えた。
「朝礼前の1時間は、生徒会室に来て仕事をしているの」
会長に促され、書類の山に足を踏み入れる。
薄暗い室内をむき出しの白熱電球が照らしている。
「学業との両立ってなると、やっぱり時間外にしないと間に合わないのよね」
会長はそう言って苦笑してみせた。
タケオさんはもう既に仕事を始めているようだった。
「さっちゃんおはよ~」
「会長の押印が必要なものは机の上に置いてありますけど。」
タケオさんはこちらに一瞥もくれず、キーボードを叩きながら機械的に応えた。
「机どこ?」
「探してください」
窺うような視線を向ける会長をきっぱりと切り捨てると、席を立ってこちらに近づいてくる。
「おはようございます」
「おはよう。マサキさんはこっちね」
促された先には、即席に掘り出されたであろうデスクがあった。
「お茶でも淹れましょうか」
会長は給湯室へと消えた。
与えられたにデスクに着席して、所在なくタケオさんの仕事を眺める。
会長は何故か時間を持て余しているようで、ティーカップを弄んでいる。
「はぁ……しぃちゃん、面白いこと言って」
「えぇ…」
無茶振りである。
「えー……、あ、そういえばさっき白猫をみたんですよ」
「へぇ」
「全身これでもかってくらい真っ白で」
「尾も白い?」
「おあとがよろしいようで」
「そうくるかー」
「あははははは~面白い面白いー」
こちらに背を向けて無心にキーボードを叩いていたタケオさんが、突然ケタケタと笑い出した。
「仕事しないなら出てって」
ぐるりと振り返った表情は人形のようだ。
タイミングよく、始業のチャイムがなる。
タケオさんに気圧されていた会長は「ひとまず解散ね!」と言い残して去っていった。
私も、初日から授業に遅れるわけにもいかないので、その場を辞した。
***
朝礼を終えて教科書とノートを用意していると、声を掛けられた。
「政木さんってさ、生徒会やってんだよね」
顔を上げると、前の席に座る少女がこちらを振り向いていた。
名前は確か…、
「庄司 都よ」
「ショウジさん」
「わたしも一応生徒会役員なんだ」
「そうなんですか」
「そうそ、まあずっと行ってないんだけどね~」
「……」
「生徒会室に行ったんならさ、会ったでしょ?竹尾佐知。」
「…ええ、まあ」
「わたし苦手なんだよね~。あの人生徒会の仕事優先して、留年してるんだよ。やばくない?」
「………」
「たまに顔出しに行っても凄い形相で睨んでくるし、あの人居ると居づらくってさ」
「はぁ」
「政木さんは今日も行くの?」
「ええ。」
「そ、じゃあよろしく言っといてよ」
「ええ、伝えておきます」
ショウジさんはこちらの気のない返事を察知したようで、あっさりと引き下がった。
窓の外に目をやると、生徒会室のある棟が見える。
始業のチャイムにも構わずに仕事に打ち込む華奢な背中を思い出した。
タケオさんは今も生徒会室で山積みになった仕事を消化しているのだろうか。
***
その日の放課後、生徒会室からは相変わらずキーボードを叩く音が聞こえていた。
重い引戸をずりずりと開くと、中にいるタケオさんが意外そうな顔をしてこちらを見ている。
「来たんだ」
「そりゃあ、来ますよ」
思わず返すと、タケオさんが少し笑った。
そのまま仕事に戻ってしまった彼女に声をかけるのは憚られたが、
希少な話す機会を逃す手はないと、一つ質問をした。
「タケオさんはいつからいるんです?」
「んーーー?二年前とか?」
「……住んでるんですか?」
「んっふ、まぁね~」
こちらを見ないまま、自嘲気味に応えた彼女に、私は強く惹きつけられた。