一話
見切り発車なのでどうなるか分かりません。
とりあえず筆者の頭はファンタジーです。
「次は~、観音坂~、観音坂~」
しゃがれた中年男性の声で眼を覚ました私は、慌てて目の前にある「おります」ボタンを押した。
四月。
新生活が始まる季節である。
身体を押すように吹き付けた強風は暖かく、ふんわりと桜の香りがする。
抜けるような青い空と、眼下に広がる住宅街。
ここは学園都市・娑婆。
この土地の一番高い場所にあるのが、都市の主要機関である勒堂学園である。
山頂にある学園へ向かう市営バスを終点手前で下車し、横道にある桜並木に囲まれた急勾配を上ると、巨大な木造の建物が見えてくる。
私立凛音女学院。
勒堂学園の敷地内にあるお嬢様学校だ。
これから私が世話になる学び舎でもある。
もとは学園の旧校舎だったらしく、鬱蒼とした森の中にひっそりと佇む古めかしい外観に、まるでひと昔前に遡ったような錯覚に陥った。
「ごめんください」
生徒用の入り口が見当たらず、正面玄関から中をうかがうが、人がいない。
持参したスリッパに履き替え、目に入った案内板に従って生徒会室を目指した。
***
凛音は生徒の自主性を重んじるという名目のもと、生徒会に学院の全運営を一任している。
生徒会役員は、学園から給料を貰い、あらゆる雑務を請け負っている。
労働環境としての生徒会の評判は悪い。
保護者からは個人事業主並みの実務能力を求められる。
一般生徒からは、小間使いのように扱われる。
あまりの過酷さに、新しく入った役員は早々に音を上げ、辞めてしまうらしい。
私も、金が入り用のため志願したのだが、
人手不足なようで、面接もそこそこに採用が決まった。
そして早々に、幸先不安な光景に迎えられた。
「君が生徒会に入る転入生よね?会長の郷 茉莉花です。」
陰惨な気配の漂う生徒会室の前に立っていた少女は、気安い笑みを浮かべてそう名乗った。
「政木です…政木 志之。」
第一印象は大事だし、あまり上の空にもしていられないのだが、部屋の中の様子が気になってついつい挨拶が御座なりになる。
「そんなに気になる?やる気十分ね」
「片付けないんですか」
微かに開いた引き戸の向こうには、大量の書類が散乱している。
無造作に積み上げられたファイルやプリントの山の中から、がさがさと音がした。
無人ではないらしい。
「もう一人いるわよ。うちのエース」
会長が固まった引戸に組み付き、数回ガタガタと揺らすと、向こう側でグシャッと紙の潰れる音がして、扉が開いた。
何かが犠牲になったはずだが、会長は頓着せず、器用に床の紙類を避けながら中に入っていってしまった。
やむなく私も後に続く。
陰鬱とした気配のする方向へ、会長が声をかけた。
「さっちゃ~ん、生きてる?」
「死んだものと思っていただいたほうがあたしは楽です」
そうぶっきらぼうに答えながら、幽鬼のように一人の少女が姿を現した。
「紹介するわ、新しく入った、政木志之ちゃん」
会長がにこやかに此方に水を向けたので、少女に小さく会釈する。
印象的な少女だ。
痩身で背が高く、顔立ちも純日本的ではなかった。
小さな顔は色白の卵形で、肌が絹のようにきめ細かい。鼻梁は高く通り、口許は小振りだが下唇がぽってりとしている。
豊かな睫毛に縁取られた大きな瞳は、眦が少し切れ上がった二重瞼で、うちの三番目の兄が密かに崇拝しているアイドルに似ていた。
しかし、テレビ画面の向こうで愛嬌たっぷりに振る舞う少女とは決定的に異なり、気難しげに潜められた眉は細く整えられ、髪が顔に掛からないように、きっちりと結い上げられた様子からも、神経質そうな印象を受けた。
「……竹尾 佐知」
そう手短に名乗った彼女は、訝しげに此方を睥睨した。