09.彼女が彼を振った理由
「ひとつ質問がある」
そう切り出すと、こちらの真剣な雰囲気を感じ取ったのか、萩月は姿勢を正す。
「なんですか」
「どうして遼を振ったの?」
萩月が告白を断ったのは、急な告白に驚いて反射的に逃げてしまったから――
遼にはそう説明したが、あれはあくまでも僕の想像だ。
萩月から本当の理由を聞かないと対策が立てられない。
遼が振られた理由を知って、その理由を潰していく。
そしていつか、もう一度告白をして、二人に付き合ってもらうために。
「友達だからフォローするわけじゃないけど、遼はいいやつだ」
顔がいいのはもちろん、運動神経も抜群だ。バスケ部では3年生を差し置いてエースとして活躍しているし、運動会など体育会系のイベントでは常にクラス代表に選ばれている。
性格だって非の打ち所がない。遼を中心にした友人グループはあるが、交友関係はそこだけで固定されているわけではなく、クラスの誰とも気さくに話をしている。僕のような隅っこ男子ともだ。他校の女子に紹介してほしいと言われた、なんて話もよく耳にする。
「……そうですね。リア充男子筆頭って感じですよね」
萩月も遼に対して同じような印象を持っているのか、素直にうなずいた。
「そう、だから――」
「だからですよ」
「え?」
萩月は少しだけうつむいて、さみしそうに笑う。
「いい人だから、ダメなんですよ」
「それはどういう意味――」
「想像してみてください。式守君が超イケてる女子生徒から告白された場面を」
こちらの問いかけをさえぎって、そう促してくる萩月。
超イケてる女子生徒というワードはちょっとアレだけど、その意図はわかった。
自分と同じ立場になって考えてみろ、ということだ。
「……もし僕がクラス一の美少女から告白されても、きっと素直には喜べないと思う」
「どうしてですか?」
「真っ先に罰ゲームの可能性を疑ってしまうから」
萩月は傷ついた動物に心を痛めるような表情をした。
「………………まあ、仕方ないですよね。あたしたちみたいな人種は、陽キャは常に陰キャを陥れて搾取しようとしている、みたいに考えがちですから」
萩月は僕の考えに一定の理解を示した。
その上で首を左右に振る。
「でも今は例えばの話をしているので、前提を疑われたら話が進まないです。何の疑いもなくさっさと受け入れてください」
冷たく先を促されて軽く凹みつつも、美少女から突然告白されるという都合のいい展開をイメージする。
「……仮に万が一、本当に告白されたとしたら、そりゃうれしいよ? うれしいけど……」
「けど?」
「美少女と付き合ったら目立つじゃないか」
「あの子の相手は誰だろう? って噂になりますね、きっと」
「そして嘲笑の的になる。なんであの子はあんな冴えない男子と付き合ってるんだ? ってね」
「でも美少女は心も美少女なので、ありのままのあなたがいいの、雑音なんて気にしないで、と言ってくれます」
「それが本心だとしても、こっちはしんどいんだよ。外見がよくて性格もいい美少女――そんな子がそばにいると、それだけでいろいろ否定されてるような気持ちになる」
「高嶺の花は遠くから見ているくらいがちょうどいい、ということですか。そんな相手にふさわしい自分になるために努力しようというつもりは?」
「……いや、それはちょっと、疲れるし」
「なるほど」
萩月は深くゆっくりうなずくと、ちょこんと首をかたむける。
「天原君の告白を断ったあたしの気持ち、理解してもらえました?」
「誠に申し訳ありませんでした……」
思わず敬語で謝罪してしまった。
萩月と同じ立場になって考えてみるだけで、彼女の気持ちがよくわかった。
それを今までしなかった自分の怠慢を謝ったのだ。
すると一転、萩月は自信なさげに猫背になって、身を守るように胸元で両手を組んだ。
「その……、普通に断るんじゃなくて嘘をついたのは、ちょっとズルいかもしれませんけど、ただ振るよりも、もう彼氏がいるからと言った方が、相手のショックも軽くなると思ったんですよ」
「わかる。振ったら相手を否定する感じになっちゃうけど、恋人がいるってことにすれば、付き合えないのはこっちの都合であってあなたは悪くない、ってアピールできるね」
「式守君……」
「相手を傷つけたくないから自分を下げるというか……、狭い通路で向こうから人が来たら、距離とか関係なく道をゆずっちゃう感じ?」
萩月は感極まったように目を見開く。
「……さすがですね、同じ陰キャの気持ちをここまでトレースできるなんて」
「あまり陰キャ陰キャと連呼しないでほしいんだけど」
僕が頭をかくと、萩月はかすかに笑った。
「相手との釣り合いという意味では、式守君の方が、天原君よりも上なのかもですね」