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08.昼休みの彼女

「萩月、昼ご飯どうする?」


 昼休みになると、僕は萩月の席へと歩み寄って声をかけた。


 のんびり教科書を片付けていた萩月の手が止まる。

 引きつった顔できょろきょろと周囲を見回してから、


「外で待っててください」


 とこちらを見ずに言った。

 静かだが有無を言わせぬ口調に圧されて大人しく引き下がる。


 廊下で待っていると、萩月はすぐにやってきた。

 しかし目を合わせもせずに無言で歩き去っていく。


「ちょっと萩月――」


 隣に並びながら声をかけると、


「教室で話しかけるなんて危険行為はやめてください。学校において陰キャが異性と会話することは許されてないんですよ」


 と苦々しい顔で注意された。


「えぇ……、何そのルール……」


「ルールじゃなくて自主規制」


 萩月は聞き分けのない悪ガキに注意するようにぴしゃりと言い切った。


「プラスとマイナスを掛け算してもマイナスにしかならないように、男子と女子の会話は悪い方に目立ってしまうので」


「そう? 性別はともかく、陰キャ同士だったらマイナスとマイナスでむしろプラスになるんじゃないの」


「現実を見てくださいよ」


 萩月は投げやりなため息をつく。


「あたしたちのどこにプラスの雰囲気があるんですか」


「僕は割と気に入ってるんだけどなぁ、萩月とこういうノリの話するの」


 萩月からの返事はない。あと歩くスピードがちょっと早くなった。


「それにほら、教室出るとき遼がすごいこっち見てたし、付き合ってるように見せるためには多少の悪目立ちは仕方ないよ」


「それはまあ、そうですけど」


 渋々とうなずく萩月を横目に、僕は口元が緩まないように耐えていた。


 ニセ恋人のことはとっくにばらしているのに、萩月だけがそれを知らずにニセ恋人を演じ続けているというこの状況。もう少し心が痛むかと思っていたが、そんなことはまったくない。優越感でテンションが少し上がっていた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 萩月についていくと、辿り着いたのは図書室だった。


「ここって飲食禁止なんじゃ」


「監視カメラがあるわけじゃないし、大丈夫ですって。図書室は陰キャのホームグラウンド、校内では数少ない安らげる場所なんですから」


 萩月は窓辺の席に腰かけると弁当を広げた。

 本当に図書室で食べるらしい。

 校則などお構いなしの大胆な態度である。


 僕はあきらめて向かいの席に座った。

 小心者なのでルールを破っていると周りが気になって仕方がない。


 誰かが入ってきたらすぐに食事の痕跡を隠さなければ。

 見つかっても怒られない上手な言い訳を用意しなければ。

 この場合は僕と萩月のどちらがより責任が重いのだろう。


 そんなことを考えながらの、ひどく落ち着かない昼食だった。


 お互い無言で半分ほど食べ終えたあたりで、沈黙がつらくなってきたので質問を投げた。


「その弁当、なかなかおいしそうだね」


「……もしかして手作り弁当を要求されてるんですかね」


 相変わらず萩月の対応はしょっぱい。


「そんなつもりはなかったけど、もし作ってきてくれたら付き合ってる感が強まるな」


「……天原君にニセ恋人を疑われたら考えます。彼女の手作り弁当なんて、そんな切り札は取っておかないと」


「すごい」


「えっ?」


「面倒ごとを先送りしてるだけなのに、正当な理由のように聞こえる見事な言い訳……」


「人を詐欺師みたいに言わないでください」


 

 きれいな弁当だったので親が作っているのかと思ったが、ほめただけで手作りの話になるということは、もしかして――


「その弁当、自分で作ったの?」


「冷凍食品と前日の残り物をそれっぽく詰めただけです。安上りだし、親の手も煩わせないで済むし」


「親想いなんだ」


「いろいろ迷惑かけてますから、これくらいはしないと」


「……迷惑?」


「あ、えっと、こう見えてあたし、昔は悪い子だったんですよ」


 ニヤリと挑発的に口元を上げて〝悪い子〟の表情を作る萩月。

 地味子キャラらしからぬ表情のギャップに、不覚にも少しだけときめいてしまう。


「ちょっと、なんで黙っちゃうんですか」


「いや、萩月が考える〝悪い子〟のイメージが」

 貧困、と言いそうになるのをこらえる。

微笑ほほえましいなと思って」


「えっ、なんですかその上から目線。屈辱……」


 そんなやり取りを続けながら、僕たちは『親に迷惑をかけた』という言葉をなかったことにした。


 萩月は言わなかったことにして。

 僕は聞かなかったことにした。


 その方がこちらとしても好都合である。複雑な個人の事情に踏み込むなんて、ニセ恋人には荷が重い行為だ。そこは一線を引いておきたかった。


 そうしないと、色々と気になってしまう。

 悪い子だった過去を清算するために、今、良いことを重ねているのだろうか――と。


 色々な疑問を押し殺して淡々と食べ続け、やがて昼食が終わった。

 僕はコンビニで買ってきたサンドイッチを食べ終え、豆乳の紙パックを潰した。

 数分後には萩月も弁当のふたを閉じた。

 おかずの交換も、〝あ~ん〟と食べさせてもらうこともない、味気ない昼食だった。


 昼休みはまだ半分以上残っている。

 恋人同士で過ごすランチタイムとしてはまるでダメだが、本題のための時間が確保できたのだと、陰キャらしくはないが前向きに考えよう。


「質問があるんだけど」


 と僕は切り出した。

 萩月つぐみの情報収集、まずはひとつ目だ。

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