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05.彼女は公園のハト

 近所の公園で遼と直に会って話をすることになった。


「さっきの電話、どういう意味なんだ」


 顔を合わせるなりそう聞いてくる遼は、部活帰りであるのを差し引いても疲労感が濃い。


「言葉どおりだよ。僕と萩月は付き合ってない」


 遼を落ち着かせるためにも僕は淡々と応じるが、やはり失恋のショックはそう簡単に癒えるものではないらしい。遼の顔が引きつった。


「嘘をついてまで断りたいほど、俺と付き合うのが嫌だったのか……」


「そういう解釈になっちゃうかぁ」


「萩月はそこまで俺が嫌いだったのか……。それにも気づかずに、俺は……」


「まあ落ち着きなって。嘘をついたのは、遼を嫌ってるからじゃない」


「じゃあどうしてだよ」


「公園のハトを思い浮かべてみて」


 と僕は言った。突拍子もないことを言っている自覚はある。


「急に何を言い出すんだお前は」


「いいから。トコトコと歩き回っているハトをイメージして」


「お、おう……」


 遼は困惑しつつも僕に従う。


「イメージできた?」


「ああ」


「そのハトの後ろに回り込んで」


「回り込んだぞ」


「そしたら捕まえてみよう」


「いきなりだな」


「どうなった?」


「飛んで逃げられた。あいつら油断してるように見えて、実は素早いからな」


 その返事は僕の期待どおりのものだった。

 遼はきちんと公園のハトをイメージしてくれたようだ。

 おかげで自信を持って話を進められる。


「つまりそういうことだよ」

「どういうことだ」


 と遼は首をかしげる。

 あれぇ? 察してくれてない?

 

「逃げるハトが萩月で、それを追っているのが遼という比喩なんだけど……」


 説明し直す声はぼそぼそと小さくなってしまう。

 ドヤ顔で締めた話が全然相手に伝わってないから改めて説明するってすごく恥ずかしいな。


「そういうことか」


 遼は納得してくれたらしい。

 よかった。僕の羞恥心は無駄じゃなかった。


「萩月がハトってのはまあ可愛らしい喩えだが、俺はそんなにデカいか?」


「少なくとも学校における存在感ではハトと人間ほどもスケールが違うよ」


 僕の言葉になかなか納得できないのか、遼はしばらく難しい顔をしていたが、やがて、ふぅ、とため息をついた。寂しさと清々しさが一緒になったような表情だった。


「……まあ、確かに、萩月からすれば突然だったかもしれん」


「萩月のどこを好きになったわけ?」


 僕はずっと気になっていた疑問を口にする。

 遼の告白が意外だった理由は、カースト的な格差もあるが、それに加えて二人の接点がなかったからだ。普通に会話しているところすらほとんど見たことがない。


「人知れずがんばってるところ、だな」


 即答だった。遼には萩月のいいところがはっきりしているのだろう。

 だけど僕にはまだあやふやすぎる。


「がんばってるって何を」


「あいつさ、朝早いんだよ。運動部の朝練と同じくらいの時間に来てるときもある」


「授業が始まる一時間以上前か。それは早いね」


「そんなに早く来て、何してると思う」


「さあ、勉強?」


「教室の掃除だ」

 遼は誇らしげに言った。世界の平和に貢献しているかのような言い方だった。

「ゴミ捨てに花瓶の水替え、あと黒板をきれいに拭いたり……、そういうことをやってる」


「……本当に?」

「何度か見たからな、間違いない」


 嘘をつく理由がないから、本当なんだろうとは思う。

 ただ、そうすると別の疑問が出てくる。


「萩月はなんでそんなことを?」


「そりゃあ、良いやつだからだろう。萩月の善行は学校だけにとどまらない……」

 テレビのナレーション風の引き。

「この前なんて、お年寄りと一緒に横断歩道を渡ってあげてたんだぜ」


 有名人を見たぜ、みたいな口ぶりである。

 その話はさすがに盛りすぎじゃなかろうか。

 だけど野暮なことを言って遼の気分を下げても意味がない。


「すごいね」


 とふんわり同意しつつ、スマホの時計をちらりと確認する。話をしているあいだにも徐々に暗くなってきたので時間が気になったのだ。


 その仕草を見て遼が言う。


「別に急ぎの用事はないよな。こっちにも聞きたいことがある」


「何?」


「あいつの嘘をばらしてよかったのか?」


「萩月の事情をちゃんと教えておけば、遼はまだ萩月を好きでいられるでしょ」


「……まあ、救いにはなったな」


「僕は二人を応援してるんだ。ニセ彼氏という立場なら、萩月の情報は調べ放題だからね。その情報を利用して距離を縮めて、万全の状態でもう一度告白すればいい」


 準備さえきちんとすれば、きっとうまくいくはずだ。

 僕は自信を持ってうなずいたが、遼の反応は今ひとつだった。


「お、おう……」


「あれ? もう萩月には興味がなくなった?」

 

「そんなことはない。なんで恭治がそこまで世話を焼いてくれるのか、理由がわからなくてビビってるだけだ」


「え? ビビるようなこと?」


「正直、ちょっと引いてる」


 淡々とした口調で遼が言った。

 妙な誇張がないぶん、本気で引いていることがわかる。

 

 相手のコミュ力の高さに甘えて説明を省こうとしたのが間違いだった。

 人の心理として、理由や目的が見えない行為を警戒してしまうのは当たり前なのに。


 反省して、考えを改める。


 個人的な事情になってしまうので、すべてを語ることはできないが――

 それでも可能なかぎり真摯な言葉で、遼への説明を試みる。


「僕はただ萩月に幸せになってほしいだけで、遼ならそれができると思ってるんだ」


「重いな」

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