04.幼なじみの正論と彼女の嘘
「異性からの告白を断るために、もう恋人がいるからって嘘をつくの、どう思う?」
この質問は失敗だった。
「――それ恭ちゃんの話?」
真名佳の声がぞっとするほど冷たくなる。
「……例えばの話」
「恋人って、誰の名前を出したの?」
「例えばの話なんだからそこまで設定考えてないよ」
「たとえ偽物でも、自分の恋人を想像したのなら、誰かしら具体例を思い浮かべるものなんじゃない?」
「僕の想像上の恋人にグイグイ来すぎじゃない?」
「別にグイグイってほどじゃないでしょ。嘘にもきちんとしたディティールがないとすぐに見抜かれるから心配してるのよ」
「すでに事実みたいになってるけど、あくまでも例えばの話だからね」
僕が何度も否定しても、真名佳はなかなか信じてくれない。
じっと目を合わせたまま、右から左へ、上から下へ、舐め回すようにじろじろと観察される。長い髪でそんな動きをする姿はさながら獅子舞のようだ。噛まれたら病みそうだなぁ……。
「……確かに、恭ちゃん自身の話じゃなさそうだけど、でもまったくの作り話でもない……、中途半端な反応だわ」
真名佳は不満そうだが、顔を見ただけでそこまで判断できる感覚が怖い。
「仕方ないじゃないか。僕は告白されたことがないし、彼女もいない、その点は事実なんだから」
もう一押しで真名佳を納得させられる。
そう判断して説得を続けるが、なんか言ってて悲しくなってきた。
「……まあそうよね、悲しい嘘に付き合ってあげる」
真名佳はやわらかい表情でうなずいた。
どうして僕はただの見栄っ張りみたいな扱いを受けてるんだろう。
悲しみに耐えていると、真名佳はスッと真面目な顔に切り替わった。
「さっきの話だけど。はっきり言って、不実だと思う」
「不実」
「わかってるの? 告白って無条件降伏よ。あなたの言うことにすべて従います、だからそばに居ることを許してください、っていう懇願なんだから」
「それはだいぶ極端なんじゃ……」
「相手の本気を嘘ではぐらかすなんて、卑怯者のすることよ。バカにしてるわ」
例え話なのに真名佳の言葉には熱がこもっている。
「……そうか」
その熱量に気圧されて、僕は中途半端な相槌を打つことしかできなかった。
懇願やら無条件降伏やらの大げさな言葉はともかく、相手の本気をはぐらかすのは卑怯だ、という真名佳の言葉は正しい。否定のしようもない。
しかし、その一方で僕は、萩月が嘘をついて遼を振ったことを、そこまで悪いことだとは思っていなかった。うまく説明できないけれど、なぜか漠然とそう感じていた。
「ちょっと恭ちゃん、さっきから黙り込んでどうしたの。まさか本当に……」
真名佳はぎろりと睨みを利かせてくる。
想像上の恋人についてまだ追及するつもりらしい。
「あ、あー、もうこんな時間か、そろそろ帰らないと」
時計を見てその時刻に驚いたふりをしつつ、あわてて立ち上がる僕を、
「ちょっと、話はまだ――」
座ったままの真名佳が上目遣いで見つめてくる。
まだあきらめてくれないのか。それなら切り札を出すしかない。
「早くしないと、ほら、もうすぐおばさんも帰ってくるだろうし」
やんわりと言い聞かせると、真名佳は卑怯者を見るような顔をしてそっぽを向いた。
「どのみち、僕には放課後を一緒に過ごすような子なんていないから」
安心させるために悲しい事実を打ち明けてみるが、真名佳の返事はない。
「また来るよ」
最後にそうフォローして部屋を後にする。
玄関から外に出て二階の窓を見上げてみると、カーテンはすでに閉まっていた。
あの部屋のカーテンが開いているのは、僕が訪れている間だけだ。
それ以外の時間は朝晩問わずにずっと閉じられている。
閉め切った部屋の中で、真名佳はどんな風に過ごしているのだろうか。
苦い想像を振り切って、スマホを取り出し、電話をかけながら歩きだす。
呼び出し音は一分近く続き、ようやく電話がつながった。
『……もしもし』
「よかった、出てくれないかと思った」
『そりゃ悩んださ。告った子の彼氏から掛かってきたんだからな』
電話口の天原遼は、いつも明るい彼にしてずいぶん落ち込んだ声だった。
『で、これから警告されるわけだ。俺の女に手を出すな、って』
「クラスの人気者らしからぬ卑屈な物言いをするね」
『うるせー、けっこうショック受けてるんだよ。フラれただけでも凹むってのに、すでにお前と付き合ってたとはな……、まあ確かに恭治はなんとなく萩月と相性よさそうだもんな』
「そうかな、自分じゃよくわからないけど」
少なくとも僕は今日まで、萩月があんなネガティブ自虐ガールだということも知らなかったわけだし。
「ショックを受けている遼に朗報だよ」
『なんだよ、誰かに俺のこと紹介してくれって頼まれたのか? 悪いが今は他の女子と仲良くできる気分じゃないぞ』
遼はジョークではなく本気で言っていた。
遼の世界では、女子は向こうから寄ってくるものなのだ。
僕の世界の常識だと、女子ってのは寄った分だけ遠ざかるのに。
……いけない、冷静になれ。
僕は小さく息を吐いて、陰キャ根性をリセットする。
「違うよ。そうじゃなくて。萩月が言ったことは嘘だから」
『嘘って何が』
「だから、僕と萩月が付き合ってるっていうこと」
『……………………は?』
別に驚かせるつもりはなかったけれど、遼のどこか抜けたような素っ頓狂な声を聞いて、少しだけ、してやったりの気分になった。