38.エピローグ
「それで、六か月もほったらかしとは」
遼は皮肉っぽく語尾を上げたしゃべり方をする。
「女たらしの才能があったんだな」
12月のベランダは風が冷たすぎて僕たち以外に出ている生徒はいない。
だからこそこういう話もできるわけだが。
「何度も言ったけど、あのときの僕たちはそういう状況じゃなかったんだよ」
「そういう?」
「だから色恋沙汰だよ」
真名佳が初めて保健室登校をした頃を思い返す。
あの時点では、どちらを選んでも上手くいかなかっただろう。
「仮に僕が真名佳と付き合うとしたら、真名佳はそれを好意ではなく保護されてると感じただろうし。
逆に萩月に告白したところで、真名佳を差し置いて付き合えないって逃げられるのがオチだ。
真名佳が引きこもりから立ち直ったと実感できるように。
萩月が自分の罪は許されたんだと実感できるように。
そのために時間が必要だったんだよ」
僕の言い訳みたいな独白を聞き終えると、遼は小さくため息をついた。
「お前は冷静だな」
「臆病なだけだよ」
「それに比べて俺は……」
「ずいぶん先走ったよね」
「若気の至りってやつを実感してるところだ」
萩月への告白をからかってやると、遼はふてくされて手すりに肘を置いた。
「俺が先に好きだったのになぁ……」
弱々しくつぶやく遼。
湿っぽい雰囲気になりかけたタイミングで、ガラリと戸が開いた。
「さむーい! 何やってるの二人とも、身体冷えちゃうよ」
いきなり現れた――ように見えて多分出てくるタイミングを見計らっていたであろう榎本さんは、両腕を抱くようにしてさすっている。
「俺らは別にそこまで寒くはないぞ」
「榎本さんはスカートが短いから……」
「おうおう、しっきーも言うようになったよねぇ」
「そうだな、昔だったら黙って目を逸らしてたところだな」
「やっぱり膝が隠れるくらい長いスカートが好みなんだぁ」
「それじゃ、僕はこれから用事があるんで」
話の流れが妙な方向へ向かいつつあるのを察して、僕はその場から去ろうとする。
「ねえりょー、用事って何?」
榎本さんが首をかしげる。
「さあなぁ……、ただ、もうすぐクリスマスだしなぁ……」
遼も首をかしげる。
そして二人は顔を見合わせ、
「「ははーん」」
とニヤニヤしながら声をハモらせる。
仲いいな、もう付き合っちゃえばいいのに。
遼たちと別れたあと。
足早に廊下を歩いていると、向かいから椿井がやってきた。
「もう帰り?」
と僕はたずねる。
いつもの椿井なら、居残って執筆活動にいそしんでいる時間だ。
「ああ、今日はいない方がよさそうな雰囲気だったからな」
椿井はニヤリと意味ありげに笑う。
「……何か知ってる?」
「いいや、何も。まあ、がんばれよ」
すれ違いざまに肩をポンと叩かれる。
何もかもわかっている態度だった。
目的地が近づくにつれて、だんだん息が荒くなってくる。
心拍数が上がっていると自覚できるくらいだ。
扉の前で深呼吸。
息をぜんぶ吐き切ってから、勢いよく扉を開ける。
ほぼ無人の室内の、窓辺の席に目当ての人物はいた。
「来るところ、間違えてませんか? ここは保健室じゃないですよ」
僕の顔を見るなり捻くれたことを言う、いつもどおりの萩月つぐみ。
差し込む西日のせいで、その表情はよくわからない。
焦っているように見られたくなかった。
なるべく普段どおりの歩調で彼女のところへ。
立ち止まって返事をする。声が裏返ったりしていませんように。
「いや、合ってる。萩月を探してたんだ」
萩月は肩をびくりと震わせ、顔を上げた。
「……実はあたしも、式守君を待ってました」
予想外に素直な言葉に、思わず足を踏み出そうとして、
「来てくれるとは思いませんでしたけど」
相変わらずの素直じゃない言葉に踏み止まる。
「でも実際、こっちに来たわけだし」
「本当にいいんですか? 今からでも――」
「僕は萩月が好きだ。本当の彼女になってほしい」
決定的な言葉を引き延ばそうとする萩月をさえぎって、強引に告白をした。
萩月はまた肩を震わせ、うつむき、やがて顔を上げる。
それは一見、あきらめの表情に見えなくもなかった。
だけど僕にはわかる。
今までずっと背負ってきた重荷を下ろした、脱力の表情。
安堵の表情だ。
「あたしも……、式守君が好きです。本当の彼氏になってください」
萩月の言葉を三回、頭の中で繰り返した。
それでようやく、告白が受け入れられたのだと確信する。
「はぁ……、よかった……」
身体じゅうの力が抜けて、その場にしゃがみ込んでしまう。
「えぇ……、なんですかその反応。あ、あたしごときに好かれたくらいで、そこまで喜ばないでくださいよ」
萩月はあきれ顔を作ろうとして、うまくできずにニヤニヤ笑いを浮かべている。
違うよ萩月。
僕は心の中でつぶやく。
告白を受け入れてくれたことはもちろんうれしい。
だけど、それだけじゃないんだ。
以前の萩月だったら、自分が告白されたことよりも、真名佳が選ばれなかったことの方を気にしていたはずだ。喜ぶよりも悲しんでいたはずだ。
だけど今は、そういう気持ちがあったとしても、表に出さずにいられるようになった。
その変化をこそ、うれしく思ってるんだよ。
色々な感情が湧き上がってくる。
それらを感じて、噛みしめてから、僕はようやく立ち上がった。
「――それじゃあ、帰ろうか」
「まなてぃは?」
と萩月は逃れられない問いかけをつぶやく。
「まなてぃはどうするんですか?」
僕は真名佳に事前に何も伝えてなかった。
萩月に告白するから先に帰ってて、などと言えるわけがない。
そして当然、いつものように3人で帰れるわけもなく。
「どうしようか」
「ひどい男ですね……」
萩月が本気で呆れた顔をして、本物の彼氏への信用がさっそく急降下しはじめる――そのタイミングで二人のスマートフォンが同時に短く鳴った。
僕たちは目配せをしてスマホを取り出す。
3人のグループルームに、真名佳からのメッセージがあった。
それを読み終えた萩月が、くすくすと笑いだす。
僕も笑いをこらえきれない。
やがて僕たちは図書室じゅうに響くくらいの大声で笑っていた。
椿井がいたら怒鳴られていただろう。
誰かが通りがかったら何事かと思っただろう。
目立ちたくない僕たちだけど、このときばかりは。
これだけ笑ったんだから涙がにじむのも当然だと。
言い訳をするように笑い続けた。
真名佳 > つぐみんへ 彼女は元カノになることもあるけど、幼なじみはずっと幼なじみなので、ゆめゆめ油断しないように!
真名佳 > 恭ちゃんへ つぐみんと駄目になっても幼なじみがいる、なんて油断してたらそのうちどっちからも愛想を尽かされるんだからね。ゆめゆめ油断しないように!
真名佳 > では、今日のところは一人で帰ります。清い交際を!
というわけでこれにて完結です。
タイトルの『陰キャ同盟』について。
ツイッターなどでエゴサして初めて陰キャ同盟というタグの存在を知りました。
ゆるい友達申し込みのタグみたいですが、それらと本作は関係ありません。
タイトルの由来は、陰キャ小説の元祖と作者が勝手に思っている名作『いちご同盟』からパクったものです。
エゴサしても『陰キャ同盟』読んだよ、みたいなつぶやきは一切なかった本作ですが、ここまでお読みいただきありがとうございました。
皆様が費やした時間のぶんだけでも楽しんでもらえたなら幸いです。




