35.幼なじみと彼女と二度目の初登校
翌朝、家を出るとすでに二人が待っていた。
三人で一緒に登校するために待ち合わせをしていたのだ。
「おはよう恭ちゃん」
真名佳は萩月の背中に張り付いたまま、肩越しにあいさつする。
引きこもりが長かった真名佳は、誰かの背に隠れないと外出できない。
「おはようございます式守君」
萩月は真名佳を背中に張り付けたまま、ちょっと自慢げにあいさつする。
見るからに暑苦しいのだが、萩月は妹に頼られた姉みたいに満足そうな顔をしている。
「おはよう二人とも。真名佳はなんか背後霊みたいだね」
思わず見たままの感想を口にすると、すぐさま二人から反論が来た。
「朝っぱらから失礼ね」
「そうですよ、背後霊じゃなくて守護霊ですから」
どっちにしろ人じゃないところに、真名佳を思う萩月の危うさを感じつつ、
「じゃあ行こうか」
深く追及せずに歩き出した。
「この前から気になってたんだけど」
真名佳が僕と萩月を交互に見ながら言った。
「つぐみんはどうして恭ちゃんにだけ敬語なの?」
「それは……」
視線を落として口ごもる萩月。
彼女が敬語を始めたのは高校に上がってから。真名佳が引きこもりになったことがきっかけなのだ。
変化は敬語だけじゃない。
控えめな外見をするようになった。
ひっそりと善行を重ねるようになった。
人との交流を避けて陰キャぼっちを自称するようになった。
真名佳を助けられなかった自分を罰するように、萩月の生き方は変化したのだ。
そういうことは自分から話したくないだろうと思い、僕はフォローを入れた。
「逆だよ。萩月は真名佳にだけタメ口なんだ」
「わたしだけ? どうして?」
「人づきあいが面倒くさいから、敬語を使って人を遠ざけてたんだよ。真名佳に敬語じゃないのは、友達だからってことだろ」
「そうなの?」
真名佳は肩越しに、萩月の耳元へ顔を寄せて聞いた。
「ん……」
くすぐったいのか、身体をもぞもぞさせながら小さくうなずく萩月。
特別扱いのうれしさからか、わずかに口元を上げる真名佳。
ほほえましいやり取りを横目に、心がなごむ僕。
朝から平和だ、なんてのんきに構えていたが、すぐに真名佳の表情が変わった。
難しい顔でじっと萩月の後頭部を見つめている。
疑問があるが、あまりストレートに聞くのはちょっと……、と迷っている顔だ。
質問はズバリ『学校に友達いないの?』といったところだろうか。
「そういえば真名佳」
僕はとっさに話題を変えた。
「だいぶ髪が伸びたけど、切らないの?」
「何よ、短い方が好みだった?」
真名佳は聞きにくい質問を引っ込め、ほっとした顔で問い返してくる。
「いや、単に長すぎて動きにくそうだなと思って」
「またそんなフツーなこと言ってごまかす……」
つまらなそうにしていた真名佳だが、不意にニヤリと口元を上げると、自分の髪の毛を後頭部からサッと指で梳いた。
「ちょっと持ってみて」
「え?」
「わたしの髪の毛、持ち上げてみて」
いきなり命令されて戸惑うし、ためらう。
女の子の髪に触れるのは美容師かイケメンしか許されないのでは?
「ほら早く、結婚式で新婦のベールを引きずらないようにするみたいに」
「はいはい、わかったよ……」
三度急かされ、断るのはあきらめた。
真名佳の後ろへ回り込む。
歩調に合わせて揺れる黒髪を、じっと見つめた。
長いあいだ引きこもっていたのに、あるいは、だからこそ。
真名佳の髪はとてもきれいだ。
つやつやの黒髪。烏の濡れ羽色、というやつだ。
背中と髪の毛の間に指を入れると、指先に真名佳の体温を感じた。
さらりとした手触り。頭のてっぺんから続く黒い流れ。
なだらかな肩。ちいさな耳。白い首筋。
「まだー?」
呼びかけられて我に返った。
何を盛っているんだ僕は。すぐ前に萩月もいるのに。
萩月の背中に真名佳がくっつき、真名佳の背中に僕が張り付いている。
三人並んだこの状況は、幼稚園のお遊戯みたいだ。
少しおかしくて、やましさが薄れる。
「はいはい」
返事をしつつ真名佳の黒髪を持ち上げてみる。
長さのせいか、髪質のせいか。
それは髪の毛とは思えないほどずっしりとしていた。
「どう?」
「けっこう重い」
「そう言われるとちょっと腹立つわね……。でも、そういうことよ」
「どういうこと?」
「この髪は重りなの。切れば身軽になるけど、そのぶん不安定にもなるから」
真名佳はこちらを振り返った。
その動きに引かれて、黒髪が手から滑り落ちる。
「それでも切れって言うなら、恭ちゃんがずっと手をつないでいてくれる?」
試すような視線を向けられて、言葉に詰まる。
「わたしの重りになってくれる?」
「それは」
どう答えたらいいのかわからないのと、どんな答えだろうとそれが萩月に聞こえてしまうのが嫌で、返事をためらってしまう。
「どうよ。重たいでしょ、答えにくいでしょ」
一転して真名佳は笑った。
今のなし、とごまかすみたいに。
「うん、我ながらいい演技、重い女のフリだったわ」
「演技って、ちょっと――」
「よーし、つぐみん、スピードアップよ」
真名佳はこちらの呼びかけをスルーして、萩月の背中を押していく。
「ちょ、わ、まなてぃ、危ないって」
「あははははは」
やたらとテンションの高い真名佳と、それに押されて大慌ての萩月。
本来ならほほえましいはずの二人の後ろ姿を眺めながら。
僕は言葉にできない違和感を感じていた。




