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32.彼女の提案がぐいぐい来る

「ニセ彼氏の好みに合わせるためにって……、そんなことする必要ある?」


 彼氏の好みに合わせる彼女、というのはわかる。

 それは健気な恋人か、計算高い恋人かのどちらかだ。


 しかし、ニセ彼氏の好みに合わせるニセ彼女ってなんだ。

 嘘に嘘が折り重なって、もうわけがわからない。


 だいたい、そんなことをして萩月に何かメリットがあるのだろうか。


 僕の質問に対して、萩月はふっ、と鼻で笑った。

 あなたは何もわかっていない、という態度。


「必要なもの以外を切り捨てていった先に、いったい何が残るんですか?」


「効率優先の資本主義を批判するみたいなことを言って……」


「この前、お母さんが新しい自動車を買ったんですけど」


 なんの前置きもなく話が変わった。


「え? 何いきなり。関係ある話?」


「まあ聞いてください。自動車を買うときって、カラーリングとか、内装とか、いろいろ選べるじゃないですか」


「ああ、オプションってやつ?」


「はい。それを見て思いついたんですよ。ニセ彼女オプションを」


「ニセ彼女オプション」


 と僕は繰り返す。

 なんだろう。

 まだ理解できない僕が悪いのだろうか。


「つまり、髪型とか、アクセサリとか、スカートの丈とか……、あたしの外見をあるていど、自由に選んで決めれるってことです」


「僕が?」


「はい」


 少しずつ、萩月の言いたいことがわかってきた。

 まさか萩月が〝尽くす彼女〟みたいなことを言い出すなんて。

 

 ニセ彼氏に尽くそうとするニセ彼女って……。

 何度も言うが訳が分からない。


「一応言っておきますけど、今のこの、野暮ったい外見は、できる限り目立たないように、わざとやってるんですから。その気になれば……」


 萩月はニヤリと口元を上げる。

 もっとかわいくできるんですよ、ということか。


 確かに中学生の萩月はそこそこかわいかった。そこそこ垢抜けていた。

 だから、そこそこ目立つ女の子だったのかもしれない。


 しかし、昔の萩月には決定的に欠けているものがある。


「……僕がいつそんなことを言ったのさ」


「な、なんで急にそんな低い声出すんですか」


「僕は一度も、メガネを外した方が好みだなんて言ったことはない」


「えっ? えっと、そうかもですね、たぶん……」


 萩月はメガネの奥の目を丸くして、何度もまばたきをする。


「だいたい、メガネを外せばかわいくなるという考えが間違ってる」


「でも、いつもは地味で目立たないあの子が、メガネを外すことで一転して注目されるっていうのは、割とよくある話だと思いますけど」


「それは隠されたものに興味を示しているだけ。ただの心理的反応だよ。かわいい子はメガネの有無なんか関係なしにかわいい」


 僕が断言すると、萩月はむすっとした顔になる。


「……じゃあ、気持ちの変化はどうですか? 引っ込み思案のあの子が、メガネを外すことで心機一転する、みたいな」


「それはまあ、悪くはないんだけど……、そういう描写も結局のところ、メガネは壁、あるいは鎧、っていうイメージがあってのものだからなぁ……」


「いいじゃないですか。壁を打ち破るのも、鎧を脱ぎ捨てるのも、どっちも前向きで」


「僕としてはメガネをかけたままで心境の変化を表現してほしいんだよね。ビジュアル的に変化をつけやすいのはわかるんだけど、そういう手法はもう使い古されているわけだし」


 こちらの主張に、萩月は疲れ切ったため息をついた。


「厄介なオタクの発言ですね……、すごく面倒くさい……」


「だからさ、ほら、逆に、逆にだよ? 前向きな気持ちでメガネをかけるヒロインがいたっていいと思うんだよ。裸眼からメガネへ、これだって立派な変化じゃないか」


「そもそもメガネをかけるのは目が悪いからですよね。マイナスを補う道具だから、どうしてもネガティブなイメージになっちゃうんじゃないですか?」


「いやいや、知性と理性の象徴だよ? 超ポジティブだよ?」


「じゃあ、あたし、頭よさそうに見えます?」


「少なくとも真面目そうには見える」


 萩月は目の悪い人がメガネを外したときみたいなしかめっ面(・・・・・)をした。


「……わかりました。この超ダサい黒縁メガネはこのままにしておきます」


 萩月は話の流れで投げやりに言った。

 だけどそれは、つまり。

 ニセ彼氏の好みに合わせるということで。


「いや……、無理しなくても、萩月の好きなようにすればいいから」


 僕は反射的に、やんわりと拒否していた。

 彼女に自分の趣味を強要する、オラついた彼氏みたいで嫌だったからだ。


 ところが、萩月は。




「はい、だから、好きでやってるんですよ」




 と、楽しそうに笑った。

 その感情に嘘はないように見えた。


 返事に困って、言葉に詰まる。

 萩月の言った〝好き〟が何を指しているのか――


「ところで、他のオプションはどうしますか?」


「うぃぇ?」


 変な声が出た。


 メガネだけでもずいぶんな論争になったのに、この上まだ何かを選んだり決めたりするなんて。提供する側はサービスのつもりなのかもしれないが、選ぶ側はだんだんしんどくなってくる。


「髪は今の長さだとアレンジの幅が狭いですし、スカート丈もあまり短くするのは、地味な外見だと違和感が大きいですよね。あ、そうそう、口調はどうしますか? 実はこの敬語、高校に入ってから始めたんですよ。みんないい感じで距離を取ってくれるから便利でした」


 さっきの仕返しとばかりに語りかけてくる萩月。

 そのセールストークはチャイムが鳴るまで続いた。


 やたらとテンションの高い彼女に応じるのは大変だったが、おかげで余計なことを考えなくてすむのはありがたかった。




 少なくとも昼休みの間だけは、あの口数の多さは照れ隠しだったんじゃないか、なんてことに気づかずに済んだのだから。

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