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31.彼女は提案する

「あの、ちょっとこれを見てほしいんですけど」


 昼休みの図書室。


 僕と萩月はなんとなく流れで、今日も一緒に昼ご飯を食べている。

 仲睦まじい会話があるわけでも、親密なスキンシップがあるわけでもない。

 そんな淡々とした食事が終わったあと。

 萩月がテーブルに身を乗り出して、スマホの画面をこちらに向けた。


「何? 写真?」


 スマホに写っているのは、夕焼けの海をバックにして、数名の女の子が各々ポーズを取りながら笑っている画像だった。これ見よがしの、いかにも青春を楽しんでます、といった雰囲気が伝わってくる。


「女子高生……よりも若いか。中学生?」


「はい」


「で、このいかにも青春を楽しんでるわたしたちエモいって感じの写真がどうかしたの?」


「うわぁ……、相変わらず世の中を斜めに見てますね」


「はっ、夏の青々とした空に映える入道雲や、全力疾走した後で一気飲みする清涼飲料水――こいつらが青春と認識しているシンボルの数々は、大人たちの印象操作によって刷り込まれた作り物にすぎないんだよ」


「何か嫌なことでもあったんですか」


「別に、僕はいつもどおりだよ」


「担任に言われたことを気にしてるんですか? 青春をバカにしていた自分が、典型的な青春っぽい行動をしてしまったのを」


 もちろん僕は何も気にしていないので、軽やかに話を変える。


「そんなことよりこのJCの写真はなんなの」


「右端の女の子、どう思いますか?」


 萩月が画面を指さして言う。


「どう思うって言われても……」


 回答に気を遣う質問であった。


 これが女子高生や女子大生の写真であれば、顔や身体つきについていくらでも語れるが、女子中学生となると話は別だ。


 年下好きが許されるのはせいぜい一個下まで。女子中学生をかわいいとかきれいとか言ってしまうと、ロリコンとまではいかずとも、『へーお前そういう趣味なのか』みたいに思われる恐れがある。


 しかも、話し相手は女子。

 陰キャぼっち地味子を自認する萩月でも、女子は女子だ。


 この状況ではどう答えるのが無難なのか。

 なんでこんなに緊張しながら女子中学生の写真を見なけりゃならないのか。


 では改めて、萩月が指さした女の子を観察してみよう。


 その印象は、可もなく不可もなく、といったところだ。

 外見の美醜や身体的特徴から、強い印象を受ける部分はない。


 すごい美人ではないが、そこそこかわいい、と言っていい容姿。

 髪の毛は極端なロングでもショートでもない、肩口までのほどほどの長さ。

 髪の色は全員黒髪なので特に印象はない。そういう校風なのだろう。

 体型は太ってもいないし痩せてもいない、ほどほどの中肉中背。


「まあ……、どこにでもいる普通の子、なんじゃないの」


 僕の口から出たのは無難な答えだった。

 こちらが気を遣うまでもなく、無難な子についての感想は無難になった。

 無難ばんざい。ほどほどが一番。


 しかし、この回答に萩月は満足していない様子。


「そうですか……、そうですよね」


「で、この子が一体どうしたの」



「この、どこにでもいる普通の子、中学の頃のあたしなんです」



 図書室らしい静けさが、今さら僕たちを飲み込んだ。

 萩月と目を合わせられない。


 沈黙はまずい。

 頭脳を回転させろ。

 なんでもいいから言い訳を吐き出せ。


 僕は窮地に陥ったバトル漫画の主人公のように自らを鼓舞する。


「どこに出しても恥ずかしくない子だと思うよ」


『どこにいても違和感なく埋没するモブ』と言い換えられなくもなかった。


「フォローはいいです。というかしないでください」


 萩月は淡々と言った。


「あたしはこの頃の自分が大嫌いなので」


 その言葉には、まるで仇敵に向けるような感情が込められている。


「みんなと合わせること、空気を読むことばかりを優先して、そのくだらない価値観のせいで大切な友達を傷つけてしまった、つまらない女の子ですから」


 真名佳と再会して、話もして、和解したはず。

 それでも過去は消えないし、不意に思い出しては自傷するのだろう。


 面倒くさい性分だが、こうやって言葉にするだけまだマシだ。僕や真名佳の知らないところで勝手に自分を傷つけて勝手に沈んでいくより、今のように打ち明けてくれる方がずっといい。


「でも、萩月は――」


 僕は反射的に、事実に即したフォローの言葉をかけようとする。

 

「だけど見た目については、そこそこかわいかったという自覚があります」


「うん?」


 あれ? 流れ変わった?


「この写真の女子グループは、外見に限ってはクラスでも上位の子ばかりだったんですけど……、あ、まなてぃは孤高のクイーンだったので別格ですが」


「へえ、そう……」


 何これ? 今なんの話してるの?

 

「この中にいても、まあ場違いではない、くらいの外見だったんですよ」


「アイドルグループもセンター以外はそんな感じだしね」


 自分で自分が何を言っているのかよくわからない。

 大丈夫? この受け答えで合ってる?

 ちゃんと話、噛み合ってる?


「というわけで、ニセ彼女としての提案というか質問なんですけど」


 萩月はスマホを置いて、話を切った。


 机の上で指をからめて、その中心をじっと見つめる。

 数秒ほどの溜めの時間。

 顔を上げて、メガネの縁に触れた。


「このメガネ、外した方がいいと思いますか?」


「……なんでそんなこと聞くわけ」


「ニセ彼氏の好みに合わせようかと」


 ニセ彼氏の好みに合わせる。

 萩月の言葉を心の中で繰り返してみた。

 が、それでもやはりピンとこない。


 萩月は何を言っているのだろう。

 ニセ彼女の語った理由が、僕にはイマイチ理解できない。

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