30.幼なじみと彼女の密談
「二人は今、どういう関係なの?」
真名佳は枕を強く抱きしめ、じっとこちらを見据えている。
「どうって、ただのクラスメイト――」
「嘘」
真名佳は即答した。
「こんな時間に学校を抜け出すなんて、どう考えても普通の関係じゃない」
「一刻も早く二人を会わせたかったから」
「突飛な行動を共にするには、相手への信用が必要だと思うのよ」
真名佳は萩月に向けて言う。
「いくらわたしへの伝手があったとしても、授業を抜けて同行するなんて、ただのクラスメイトとじゃできないはずよ。ある程度、心を許している相手じゃないと」
萩月は反論できず、代わりにちらりと僕を見た。
こっちもお手上げだった。
真名佳の言うとおりだ。言い逃れはできそうにない。
それに、沈黙して隠しとおすのは罪悪感がある。
もういちど萩月を見ると、申し訳なさそうな顔をしていた。
たぶん僕も同じような顔をしているのだろう。
そろってため息。
「「実は……」」
僕と萩月の〝契約〟についての説明を、真名佳は黙って聞いていた。黙ってはいたが、目つきがだんだん鋭くなっていたし、枕を抱く腕の力もだんだん強くなっていた。枕に背骨があったら確実に折れているところだ。
「……ニセ恋人、ねぇ」
話を終えると、真名佳は不自然なくらいの笑顔でつぶやく。
「ふーん、ニセ恋人。わたしに隠れてそんな楽しそうなことをしてたなんて」
「別に隠れては」
と萩月。
「別に楽しくは」
と僕。
「それで、具体的にはどんなことをしてたの?」
「昼ご飯を一緒に食べるふりとか」
と僕。
「ダブルデートをするふりとか」
と萩月。
「授業をサボって二人で学校を抜け出すふりとか」
と僕。
「それって今日のことよね」
と真名佳。
「まあ、うん」
「ふりじゃなくて言葉どおりじゃない。実際にサボってるんだし」
「他の人にはそう見えてても、僕たちにとってはふりなんだよ。周りにどう思われようとも関係ない。僕たち自身が偽りの関係を自覚していれば、それでいいんだ」
「そういうのいいから」
きれいに飾った中身のない言葉を、真名佳は一蹴する。
「えっと、でもね、まなてぃ、あたしたちは本当にただの」
萩月の弁明を、真名佳はさえぎる。
「――恭ちゃん」
「何?」
「今日はありがと。恭ちゃんのおかげで、停滞してたいろんなものが、やっと動き出した気がする」
晴れやかな表情と、素直な感謝の言葉。
照れくさいが、そう言ってもらえると頑張った甲斐があった。
「どういたしまして。でも――」
僕はたいしたことはしてない。真名佳や萩月が動き出したいと思ったから、そのとおりになったんだよ――みたいな謙虚な話をしようとした矢先。
「じゃあもう帰って」
「はい?」
「つぐみんと二人で話があるから」
ねっ、と真名佳は萩月に笑いかける。
萩月もまた、ねっ、と真名佳に笑いを返すのだと思っていた。
女の子同士の仲の良さを具現化した、ほほえま仕草が見られるのだと。
しかし、萩月はそうしなかった。
ちょっと引きつった顔で、救いを求めるように僕の方を向いた。
僕は立ち上がって、ドアノブをつかんだ。
ごめんよ萩月。
こうなった真名佳に僕は逆らえないんだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
翌日、登校するにあたっていくつか不安があった。
ひとつは萩月が撒き散らかした怪文書に対する反応である。
あれを読んだ者がおかしな方向に解釈して、萩月のことを『クラスメイトを不登校に追いやった悪者だ』などと勘違いしていないだろうか。
その心配は杞憂に終わった。
「よう恭治」
「おはよ、しっきー」
我がクラスの誇る陽キャのツートップが声をかけてきた。
「おはよう、遼、榎本さん。あの、昨日は……」
「ああ、あれな。萩月がばらまいたプリント」
「あの内容なんだけどね、他校の友達に片っ端から当たってみて、いいんちょと同じ学校の知り合いとか探して、本当の事情が聞けたから。ひどい話だよね、ホント」
「キツい部分は曖昧にぼかして、みんなにも伝えてある。萩月のことを誤解してるやつなんていないから大丈夫だぜ」
――とのことだった。
恐るべきは有能な陽キャである。
僕たちが一年半もうろうろしていた場所を、一日で飛び越えて真実に辿り着いてしまう。
二人には将来、ぜひ人の上に立つ立派な社会人になってほしい。そして僕をコネで雇ってほしい。
ともあれ、これで心配事はひとつ消えた。
次なる問題は――
「式守君、萩月さん、ちょっと来て」
ホームルームが始まる数分前。
早めにやってきた担任に呼ばれて、僕たちは空き教室へ連行された。
「どうして呼ばれたのかはわかるわね」
担任が腕を組むとスーツの中身が強調される。
「はい」
と萩月は素直にうなずく。
「昨日の早退のことですか」
と僕は少しだけ抵抗してみる。
「早退、ね」
担任が頬に手を当てながらため息をつく。
「おととい、3組の長期欠席の子が登校する予定だったんだけど、急きょ取りやめになったの。それと関係があるんでしょう?」
「はい……」
と萩月は中途半端にうなずく。
「必要なことだったんです」
と僕は開き直ってみせる。
「まったく……」
僕と萩月の態度を見比べて、担任は再びため息をつく。
手のかからない陰キャ二人の、思いもよらぬ不良行為をわずらわしく感じているのだろうか。生徒に理解のある先生だと思っていたが、結局は学校側の人間か――などと諦観していると、
「――実に青春ね」
担任はいい顔で言った。
「……え」
と萩月は絶句する。
「授業よりも大切なことがあるんだ! みたいな暴走っぷり、先生、嫌いじゃないわよ?」
「はあ……」
と僕は適当にうなずく。
「こんなときどうすればいいかなんて教科書には載ってないじゃないか! 的な青春の叫びを感じるわ」
やたらと熱っぽいテンションについて行けない。
ポカンとしていると、不意に担任が耳元に顔を寄せてきた。
「それで? どうなの式守君?」
女教師に耳元でささやかれると、陰キャぼっち男子生徒の貧弱なガードが吹っ飛んじゃうんでやめてくれませんかね。
「なな何がですか」
「あらら今どき鈍感系? どっちを選ぶのかって聞いてるのよ」
「いや僕ら別にそんなんじゃないんで」
「強気な幼なじみ? それとも物静かなクラス委員長?」
「ああ、もうチャイム鳴ってますから」
アラサーの弾力を振り切って逃げる。途中で萩月を振り返ってみたが、担任の言葉が聞こえたのかどうか、その表情からはよくわからなかった。




