03.引きこもり幼なじみ
すぐに行くからとメッセージを打っても既読がつかないまま、柊真名佳の家までやってきた。
玄関には鍵がかかっていたので合鍵を使って中に入り、一応「お邪魔します」とあいさつをして二階へ上がる。
真名佳の部屋の前に立ち、ノックを短い間隔で五回。
これが真名佳と交わした合図だ。
返事は言葉ではなく、ドアの内側に当たる、ばんっ、というくぐもった音。
またぬいぐるみを投げたな。
いつものことなので気にせず中に入る。
「――氏ねッ」
うす暗い部屋の中、真名佳はテレビに向かってゲームをしていた。
有名キャラクターが多数登場する、オンライン対戦型の3Dアクションゲーム。
「吹き飛べッ」
プレイヤーキャラが縦横無尽にフィールドを動き回り、相手キャラを場外へ弾き出した。
しかし相手もそう簡単にやられはしない。空中で体勢を立て直そうとする。
そこへ真名佳の操作するキャラが追撃。
「消えろッ」
さらに追撃。
「墜ちろッ」
もうひとつ追撃。
「くたばれッ」
相手キャラは断末魔の叫びとともにフィールドアウトした。
真名佳の勝利だ。
「もう、戦闘中にノックしないで」
「暗い部屋でゲームしてると目が悪くなるよ」
僕は足元に転がるクマのぬいぐるみを拾って、本棚上の定位置に置いた。
部屋を横切って窓辺に立ち、カーテンと窓を開ける。
「遅くなってごめん」
「別に気にしてないし待ってもないし」
真名佳はこちらを見ようともしない。
その感情を代弁するかのように、窓から吹き込んでくる風が、真名佳の長い髪をかき乱した。あっという間に髪の毛が全身にまとわりついて、死霊系モンスターみたいな姿になってしまう。
「……これはひどい」
柊真名佳は引きこもりだ。
中3の3学期から、高2の1学期まで、現在進行形で引きこもっている。
夏でも冬でも高校のジャージを着用し、ずっと切っていない髪の毛は腰にまで届きそう。閉め切った部屋の中で、ゲームやマンガ、アニメや小説などに耽溺している。外見も行動も典型的な引きこもりであり、
そして僕の幼なじみだ。
「早く閉めて」
乱れ髪のすき間から鋭い視線。
「ああ、ごめん」
窓を閉めると風が落ち着いた。
真名佳は髪の毛を整え、こちらを無視してゲームを再開する。
実に冷たい態度だが、まあいつものことだ。
僕は部屋の中央にあるテーブルについて、カバンから教科書を取り出した。
真名佳の目だけがちらりと動く。
「授業でわからないところがあったから教えてほしいんだけど」
僕の呼びかけに、真名佳はすぐには反応しない。
プレイヤーキャラを選択する、ピロン、ピロンという効果音を何度か鳴らしてから、ようやくコントローラを置いた。
「わざわざお金を払って学校に通って、掛けた時間のわりに中身の薄い授業に出て、それでもわからないところがあるなんて。まったく恭ちゃんは仕方ないわね」
遠慮のない物言いだけど、真名佳の機嫌は直ったようだ。
笑顔になりそうなのをこらえてか、口元が上がっている。
「それで、どこを教えてほしいの?」
テーブルの向かい側に座り、両肘をついて身を乗り出してくる真名佳。
「ここなんだけど」
「ああ、ここかぁ……、うんうん、確かに恭ちゃんがつまずきそうな問題よね」
真名佳は得意げにうなずきながら教科書を確認している。
さっきまでの不機嫌さが嘘のよう――初めてこの変化を見た人はそう思うかもしれない。
しかし僕にとってはいつものことだ。
どれだけ不愛想であっても猫缶を見せれば喜んで駆け寄ってくる猫のように。
真名佳に質問を投げかけたら、すぐに機嫌が直るのである。
その〝習性〟をも利用して、僕たちは歪ながらも幼なじみを続けている。
「ほらほら、他にどこかわからないところはないの?」
ひととおり勉強が終わったあとで真名佳が聞いてくる。
まだ教え足りないらしい。
「いや、今日は別に」
「勉強じゃなくてもいいのよ。悩み相談とか」
テーブルに身を乗り出して、ちょいちょいと指を動かす真名佳。
これ、教え足りないんじゃなくて構い足りないやつだな。
その欲求を満たすために、相談ごとをひねり出す。
「……そういえば」
「なになに?」
「これは授業とは関係ないんだけど、ちょっと気になったことというか、引っかかってることがあって」
「もったいぶらないで早く言って」
「例えばの話なんだけど」
「だから何」
「異性からの告白を断るために、もう恋人がいるからって嘘をつくの、どう思う?」
この質問は失敗だった。
「――それ、恭ちゃんの話?」
真名佳の声はぞっとするほど冷たくなる。