27.彼女は依存する
プリントに記された文字に目が釘付けになる。
〝萩月つぐみは犯罪者だ〟
そんな大げさな見出しの下には、萩月の犯した罪とやらが記されていた。個人名こそ伏せられていたが、その内容は間違いなく、真名佳を不登校に追いやったの中学時代の一件だった。
「これ……、何?」
榎本は汚らわしいものを見るように眉をひそめている。
「どう思う?」
「なんか、気持ち悪いね。こんなの配って人を下げようとする人の気が知れない」
榎本は端からプリントの内容を信じていないらしい。その態度に少し救われる。
「このプリントはどこで?」
「クラス全員の机の中に入ってたみたい」
教室内を見回すと、クラスメイトの多くはこの怪文書の話題で盛り上がっていた。近くの席同士で声をひそめて話をしつつ、チラチラと萩月の方をうかがっている。さすがに萩月へ直接話を聞こうとするやつはいないみたいだが……。
この状況で萩月に声をかけるべきかどうか迷う。
僕が動いたせいで萩月がよけいに注目されてしまうかもしれないし、それ以前に、昨日怒らせてしまったせいで、話を聞いてくれないかもしれない。
こんなとき、僕と萩月が本当に恋人同士なら。
何のためらいもなく彼女のところに駆けつけられたのだろうか。
――などとうじうじ悩んでいるうちに、ヒーローが到着してしまった。
元気のいい声が教室に響く。
「よう、おはよう――ってどうした? なんか妙な空気だな」
遼はさっそく重苦しい雰囲気を察し、首をかしげつつ僕たちのところへやってくる。
「おはよ、りょー。……あのね」
と榎本は僕に教えてくれたように、遼に対して同じ説明をする。
遼はもちろん奮い立った。
「――んだよ、これ」
くしゃりとプリントを握りつぶすと、遼は萩月の席へ近づいていく。
「なあ、萩月」
遼の声は震えていた。
「こんなふざけた悪戯をするやつに心当たりはないか?」
窓の外を向いていた萩月が、ゆっくりと遼を見た。
静かに立ち上がって、小さく左右に首を振る。
「悪戯じゃ、ないですよ」
まずい、と思った。
萩月の口元が自嘲するようにつり上がる。
何かろくでもないことをしでかすつもりだと直感した。
「――萩月!」
彼女を止める手段が他に思い浮かばない。
反射的に呼びかけていた。
「学校サボってデートしようぜ!」
しん、と静まり返る教室。
少し遅れて再びざわつきだすが、その性質は明らかに変わっていた。
「今のどういうこと」「西森と委員長デキてたのか」「いや、まだわからんぞ、ただの告白かも」「どっちにしてもタイミングおかしいっしょ」「石森いつもとキャラ違くないか?」「うっわ恥ずかしい何あれ」「罰ゲーム?」「ないわー」「……ありかも」「えっ、あんたシュミ悪っ」
茶化すような、面白がるような雰囲気の中を突っ切って、遼と萩月の間に割り込んだ。あと僕の名前を間違えてるやつら許さん。
「じゃあ行こうか」
「は?」
状況の理解が追いついていない萩月の手首をつかみ、むりやり引っ張っていく。
「お、おい恭治」
「ごめん遼、先生にはうまいこと言っといて」
何が何やらという顔の遼に後の対応を丸投げして、さっさと教室から脱出した。
相手が混乱しているうちにコトを済ませる。
奇襲作戦はスピードが命だ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
萩月はほとんど無抵抗だった。
手を引かれるまま、素直に僕についてきた。
学校のすぐ近くにある公園にたどり着く。
ベンチに腰かけると、はあ、と自然にため息がこぼれた。
萩月は背中を丸めて、胸に手を当てている。
息が少し荒いのは、疲労のせいだけではないだろう。
「ありがとう……、ございました」
ぽつりと、礼を言われる。
まさかの態度だった。
絶対、邪魔したことを怒られると思っていたのに。
「どういたしましてだけど……、どうしたの?」
「あたし、とんでもないことをしでかすところでした」
とんでもないこと。その自覚があったとは意外だ。
「それって、あの場でまた遼を振ろうとしたこと?」
尋ねると、ぽやんとしていた萩月がキレの良い動きで振り向いた。
「なんでわかるんですか!?」
「萩月の顔がさ、もうどうにでもなれって感じの、投げやりな覚悟を決めた顔をしてたから」
あのときは、何か良くないことをやろうとしている、程度の予感だった。
天原遼と萩月つぐみ。
人気者と日陰者――ただし現在は妙な噂で悪目立ちしている。
二人の間には、告白した者とされた者という秘密がある。
――この条件で、萩月の立場を悪くするのに、最も効率的な方法は?
「昨日から、ずっと考えてたんです。どうすれば償えるのかって」
ぽつり、ぽつりと、萩月は胸の内を言葉にしていく。
「今まではただ良いことをしていれば、償ってるって実感があった。でも、昨日まなてぃ……柊さんは、あたしを見て、立っていられないくらい動揺してて。だから、まだ足りない、まだ許されてない、もっとがんばらないとって……、まずは、自分のやったことをクラスみんなに晒そうと思ったんです」
その発想がすでに狂っているが、ひとまず置いておこう。
「あの怪文書もやっぱり自作自演か……」
「でも、それだけじゃ物足りないから、何か一発、キツいのがほしくて。考えに考えて、思いついたんです。天原君ならきっと、あたしをかばおうとしてくれる。善意で手を差し伸べてくれる。彼が動けばクラスみんなが注目する――だから、そのタイミングで言うんです。『どんなにやさしくされても、あなたとは付き合えません』」
「最低の発想だ……」
こちらのつぶやきに反応して、ふふっ、と引きつった笑い。
「ヤバいですよね、あたし。ついさっきまで、これは名案だと本気で思ってたんですから」
返す言葉がなかった。
友達を助けられなくてショックだったのはわかる。
自分を責めてしまう気持ちも理解できる。
だけど、そのためにここまで周りを巻き込むのは異常だ。
自分を罰することが最優先になっている。
真名佳は萩月の〝善行〟を知らない。
萩月の償いは、真名佳に届いていないのだ。
今日に限ったことではない。
中学での一件からずっと、萩月は届かない謝罪を続けている。
――それは単なる自己満足じゃないのか。
そんなきつい言葉を、今の萩月に投げられるはずもない。
「萩月は、どうしたいの?」
おそるおそる、そう尋ねるが、返事がない。
萩月は膝の上で指を絡ませ、その中心をぼんやりと見つめている。
「……萩月?」
もういちど呼びかけると、ゆっくりとこちらを向いた。
「式守君が決めてくれませんか」
「僕が?」
「さっき話したとおり、あたし、今ちょっとアレなので……、まともに物事を判断できる自信がないです」
縋りつくように見上げる瞳。
「式守君の言うことに従いますから」




